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2017/11/16

台風の被害は保険で直せる?

 風邪を引いた。それも自宅で寝ているうちに。
 家の中、寒い。築60年以上で、隙間風がすごい。
 寝ているうちにどんどん室温が下がり、冷たい空気に触れ吸い込んでしまい、喉を傷め、ついに風邪を引くに至ったというわけである。

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←  シモーヌ・ヴェーユ(著)『シモーヌ・ヴェーユ回想録 : 20世紀フランス、欧州と運命をともにした女性政治家の半生』(石田 久仁子(訳), パド・ウィメンズ・オフィス) 「アウシュビッツからの奇跡の生還…。欧州はもとより世界を舞台に活躍した政治家が綴る歴史の真実、正義、人間の尊厳、女性の自由獲得のための闘いの記録」だとか。

 情けない! その翌日は仕事。その仕事も、半分で切り上げて退社。
 いつものことだが、会社の誰も、従業員の体を心配することはない。それどころか、この忙しいときに休みやがって……ずる休みかよって対応である。

 シモーヌ・ヴェーユ著の『シモーヌ・ヴェーユ回想録 : 20世紀フランス、欧州と運命をともにした女性政治家の半生』を読み始めた。
 カバー(表紙)の美人なシモーヌ・ヴェーユに魅せられて読む……わけじゃないけど。彼女もユダヤ人。彼らの知的能力はなぜに傑出しているのだろうか。

 読み始めて感じるのは、(まだ冒頭の百頁にも満たないのだが)実に平易な表現だということ。ユダヤ人としてアウシュヴィッツに囚われるなど、過酷な体験を経てきたにも拘らず、声高に語ったりはしない。
 尤も、ヴェーユが政治的主張をするなど、込み入った議論に踏み込めば話は違ってくるのかもしれない。

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→ 過日、富山県の東端に近い宮崎海岸(ヒスイ海岸)へ行ってきた。ヒスイというと新潟県の糸魚川が有名。さすがにヒスイは見つからなかった。代わりに、綺麗な丸っこい石を拾ってきた。

 先月末の台風で被害を受けた屋根。瓦が落ち、並びが崩れ、火災保険の代理人に相談。今日、関連業者が下見に来てくれた。それはともかく、家の外を見ていた業者が、スズメバチの巣を発見。夏以降、三つ目の発見。しかも今度は車道沿いの出窓に。早速、竹竿で叩き落した。スズメバチには悪いけど、鳥の巣じゃあるまいし、見逃すわけにいかない。

 10月26日の台風21号で飛ばされたトタン板。ずっと探していたんだけど、二週間ぶりに発見した。それもつい先日も探した場所に。もしかして誰かがさりげなく吾輩が目にする場所に置いてくれたのか。それにしても、台風の被害が我が家では大きかったよ。
 この時の台風で屋根瓦が落ちるなどの被害があったので、火災保険でカバーできるようだし、代理人に連絡を取った。保険のことを思い出すのに時間がかかった。

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← 杉浦日向子/著『百物語』(新潮文庫) 「古(いにしえ)より百物語と言う事の侍(はべ)る 不思議なる物語の百話集う処 必ずばけもの現われ出ずると――人々が目に見えないものを見、理性では説明のつかぬことを信じていた江戸の時代。生と死の間で右往左往する人間たちの前に、時間を、空間を超えて現われる魑魅魍魎たち。怪しのものと人間たちの滑稽でいとおしい姿と懐かしき恐怖を、怪異譚集の形をかりて漫画で描いた〈あやかしの物語〉」どのこと。

 杉浦日向子著というか、作画の『百物語』を読了した。
 評判を仄聞し、衝動買いした本。漫画の本だとは知らなかった。杉浦さんが描いているのかな?
 調べたら、もともとが漫画家デビュー。ついで、江戸風俗研究者としても人気が高まったとか。少年サンデー掲載の漫画が人気の発端らしいけど、吾輩は、1988年頃までは断固、少年マガジン派。
 ちにみに、書棚には父が読んできた日向子さんの本が10冊ほど。

 これだけの話を語り(描き)続けるなんて、なかなか難儀なことではなかろうか。
 江戸時代のことに仮託して表現しているが、作者に闇の中に親和し、魑魅魍魎を感じる心性があるゆえにこその賜物なのだろう。
 ぜいたくを言えば、百物語ではなく、千一夜物語にして、もっともっと語ってもらいたかった。

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