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2017/08/30

書庫の奥から外から……李賀など

 昨年、新しい洗濯機に替えたのだけど、調子が悪い。なぜか、脱水になると、ギッタンバッタンしてフリーズしちゃう。中身が重すぎるか偏っていたりすると止まるというから、何度も置き換えて再稼働させようとするけど、ダメ。機能が多すぎて、ダメ。前の洗濯機は単純明快だった。ああ、ああいうシンプルな洗濯機が懐かしい。使いこなせない。

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→ 「マグネシウム合金/特性/特徴/性質

サイエンスZERO「軽い!強い!燃えにくい!夢の新素材 新マグネシウム合金」」を録画して観た。
 日本の研究者が、夢の新素材・マグネシウム合金を生み出した。強度・難燃性という課題を克服。ジュラルミンよりも優れていると、産実用化研究が加速している。:
 

日本から、夢の新素材・マグネシウム合金が誕生した。燃えやすく、強度が不足しているという課題を克服。燃えにくいだけではなく、ジュラルミンよりも軽くて強度が高いと、産業界から注目を集める。開発したのは、専門外だった研究者。材料の選定や製造方法など、全く新しい方法で、課題を乗り越えた。今、航空・自動車・医療など、さまざまな産業で実用化研究が加速している。マグネシウム合金の誕生の秘密と、その可能性に迫る。

 マグネシウムは、別の観点からも注目されてきた。それは、「石油に代わる新エネルギー資源」ということで:
『マグネシウム文明論』は注目に価する
 マグネシウムは今、最も注目度と期待の熱い金属かもしれない。

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← メルヴィル 作 『幽霊船 他一篇』(坂下 昇 訳 岩波文庫) 「デラーノ船長はチリ沖を無残な姿で漂流するスペイン商船に遭遇した.病みほおけた船長セレーノ,片時も離れずかいがいしくつき従う黒人の従僕.船内にたちこめる異様な気配の源は何か.表題作のほか,事あるごとに雇主に「僕,そうしない方がいいのですが」と言う奇妙な男の物語『バートルビー』を収めた.傑作ゴシック小説二篇」だとか。

 メルヴィル 作の『幽霊船 他一篇』を読み始めた。
 これまた書庫の奥から引っ張り出してきた本。バイト生活を脱し、サラリーマンになったばかりの頃に購入し読んだ…らしい。悲しいかな読んだ記憶がない! 仕方ないかもしれない。このころ、既に「白鯨」を読んだけど、さっぱり心に触れなかったもの。
 これから十数年ほどして、会社を首になり、失業保険で暮らしていた頃に、図書館で200冊以上の本を借りまくり、読みまくった。その中で、「白鯨」などに開眼したのだ。その後、再度今度は買って「白鯨」を読み返した。今なら、楽しめるはず。

Book

← 紀田 順一郎 著『日本の書物』(ちくま文庫) 「太古のロマン「古事記」、王朝の色好み「伊勢物語」、女色家と男色家の論争「田夫物語」、江戸のエクソシスト「雨月物語」など過去にくり返し読まれ、読みつがれてきた代表的古典82篇をいきいきと簡潔に紹介する。書物の形態、作者の生涯や伝承にまつわるエピソードをまじえ、古典の持つ生命力をよみがえらせ、魅力を語る」本。

 紀田 順一郎 著の『日本の書物』を車中で読み始めた。
 紀田は、きだみのる、から。じゅんいちろうは、谷崎潤一郎から、だとか。本書も、書庫の奥から引っ張り出してきた。最近は、寡聞にして活躍を聞かないが、かつては名だたる評論家であり、書評を久しぶりに読むのが楽しみ。
 この本を読んだのは30年以上昔。まだ若く、本書で紹介されている日本の古典では、大半が味読だった。せいぜい、教科書で断片的に読んだばかり。芭蕉の奥の細道は別格だが。
 今回、読み返してみて、多少は読んだ本が増えたか、確かめてみたいが、不勉強ぶりが実感させられるだけかもしれない。

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← 『李賀詩選』(黒川 洋一 編 岩波文庫) 「詩が倫理や政治そのものであった唐代中期に,豊かな幻想性をもって,男女の愛をうたい自然や風俗を写した李賀(七九一―八一七)は,李白が天才,白楽天が人才とよばれるのに対し,古来,鬼才とよばれた.その鋭い言語感覚と多彩な内容の詩は,近代詩に通ずるような新しさがある.二七歳で夭折した李賀が残した二四一首から六七首を精選」とか。 「1178夜『李賀詩選』李賀松岡正剛の千夜千冊」など参照。 

李賀詩選』を読了した。
 書店で注文しても品切れか絶版で入手できず、ネットでゲットした。

 一読くらいじゃ、味読したとは到底言えないが、まずは麓に辿り着いた段階。登攀などははるかに先の課題だろう。
 気になっていた李賀。27歳という若さで夭逝した漢詩人。「マルテの手記」や今読んでいる「マルドロールの歌」の流れで読むわけじゃないけど、中国には鬼才と呼ばれる詩人がいたんだね:「李賀 - Wikipedia
 ただし、その鬼才とは、本書でも紹介されているが、「1178夜『李賀詩選』李賀松岡正剛の千夜千冊」によると、「死者で才絶あって、なお霊異をおこせる者をいう」。
「およそ「写実をもって良しとする」中国文学の世界にあって、李賀の作品はそのまったく逆に幻想を志向する。「創作にあって踏みならされた道筋をことごとく無視した」とは、晩唐の詩人杜牧の評である」とか。

         蘇小小の歌

幽蘭露    幽蘭の露       仄かに香る蘭の露は
如啼眼    啼ける眼の如し   涙を浮かべた彼女の目のよう
無物結同心 物として同心を結ぶ無く 
               愛の証として結ぶべき何も持たず
煙花不堪翦 煙花は翦るに堪えず    
               夕闇に霞む花は、贈りたくても切ることができない
草如茵    草は茵の如く         草はしとね
松如蓋    松は蓋の如し         松は幌
風為裳    風は裳と為り         
                風はもすそのような衣擦れの音を立て
水為珮    水は珮と為る         水は玉飾りの音を響かせる
油壁車    油壁の車           油壁車に乗った彼女は
久相待    久しく相い待つ        
                いつまでもいつまでも待っているが
冷翠燭    冷ややかなる翠燭      緑に燃える鬼火も
勞光彩    光彩を労す          いつか消えゆき
西陵下    西陵の下           西陵橋のたもと
風雨吹    風雨吹く            暗闇の中に風雨が吹き荒れる
                        (「李賀 - Wikipedia」より)


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