« フンボルトを再評価する(上) | トップページ | あのバッグはホントに彼のもの? »

2017/07/07

フンボルトを再評価する(下)

 連休の初日には、定期検診があったのだが、数値や検査結果は善し悪しが交錯。
 視力が悪くなったなーという、がっかり感は強い。視力だけが自慢だったのに。

Cyrano15

← "Cyrano" Rebecca Dautremer フランスのイラストレーター (画像は、「Red Passion by Rebecca Dautremer (2) ~ Blog of an Art Admirer」より)

 さらに、体重が高値どまりしているこも、がっかりである。
 週に三回は、庭や畑仕事で汗を流している。いわゆる運動ではないとしても、体は決して鈍っていないはずなのだ。
 なぜ、減らない?

 今日も、アンドレア・ウルフ著の『フンボルトの冒険  自然という<生命の網>の発明』(鍛原多惠子[訳] NHK出版)を読了した感想文の続き。

 20世紀の二つの大戦で、ドイツ忌避の風潮が高まり、一部の名称は変えられたが、たとえばフンボルト海流、フンボルトペンギンなどは有名である。フンボルト・イカもある。では、フンボルトの偉大さは何処に。上記したような世界の学者や文学者詩人への影響もあるが(政治への影響も見逃せない。フンボルトは、南米でのスペイン人による先住民族への虐待や奴隷扱いを見て、奴隷制反対を唱え、一部は実現した)、なんといっても、彼の自然観・世界観だろう。
 影響した人物として、レイチェル・カーソン(「沈黙の春」など)やガイア理論のジェームズ・ラブロックなども。
 彼らの思想も、フンボルトなくしては生まれるのが難しかったかも。

1499327020582246

→ 果実酒は、冷暗所にて保存すべしという。背後は、昨年作った梅酒。この時、間違って、ホワイトリカーじゃなく、梅酒を使ったっけ。右奥の梅酒、天使の分け前が多すぎる!

 訳者である鍛原多恵子による「あとがき」の言葉を参照する:彼にとって、自然はあらゆるものが織り成す相互作用の総体だった。生物学が分類によって自然に秩序を与えようとしていたときにあって、フンボルトはその正反対の考えを説いた。自然は巨大な一個の生き物で、すべては互いにつながっているというのだった。どんな小さな生物でさえ、それだけを全体から切り離して考えることはできない、と。こうして、「生物の網(ウェブ・オブ・ライフ)」という自然の概念が生み出された。

Rivierele_coucher_soleil

← 北斎の影響を強く受けたといわれるフランス人画家アンリ・リヴィエール (画像は、「An Introduction to Henri Riviere (1864 - 1951) — AUSTIN SAILS」より)

 訳者も「あとがき」で述べるように、フンボルトの発見した自然の概念はすでに私たちの世界観の一部になっている。だから、フンボルトに由来することに気づかないだけなのだと、本書の著者は書いている。しかし18世紀の前半において、「生物の網(ウェブ・オブ・ライフ)」を南米やアルタイ山脈などの踏破研究を通じて見出し唱えたことは、特筆すべきことだろう。

 環境問題がますます喫緊の課題になっている今日、あらゆる科学を総合的な観点から結び付け、命のつながり、生命の網という自然観を与えてくれたフンボルトは、今日こそ、再評価されてしかるべき思想家だろう。

|

« フンボルトを再評価する(上) | トップページ | あのバッグはホントに彼のもの? »

ツイッター」カテゴリの記事

写真日記」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/52847/65501610

この記事へのトラックバック一覧です: フンボルトを再評価する(下):

« フンボルトを再評価する(上) | トップページ | あのバッグはホントに彼のもの? »