梅雨明けしたような夏の日差し
梅雨が明けた。昔は待望の夏の到来だった。今は、もう、ただ辛い。外出したら、日差しの強いこと。ジリジリと焦げるよう。昔と比べるのは意味がないだろうけど、35度超えが当たり前だなんて、異常。やはり、融雪装置の作動実験を行うべきだ……と書いたのだが、後で明けてないよと指摘されて、調べてみたら、明けてなかった。
← 晩秋のひざし 保田義孝 ●2001年 色鉛筆 ●サイズ:F8 (画像は、「plan」より)
ホント、昼過ぎ、外に出てみたら、体を焦がすような日差しの強さ。
昨日までの照り方とは明らかに違う。これは明けたに違いないと思い込んでしまったのだ。
夏だからか、別に繫殖期でもないのに、アリの動きが活発。玄関の戸を開けると、足元にアリたちがうようよ。玄関先が土で、庭木がいろいろあるし、雑草も生えているから、アリの巣が多いのかも。例のヒアリ騒動のせいか、日々、庭や畑仕事するせいか、ついヒアリが足元にって、気にしてしまう。ヒアリ、水際で食い止められるか、それとも、セアカゴケグモのように、定着してしまうのか。
(ダジャレ好きな人なら、ヒアリと聞いたら、即座に思い浮かぶ駄洒落……ヒアリハット……なんて、被害が懸念される事態を鑑みるに、とても口にはできない…)。
今日(金曜日)も夕方五時半から庭仕事。まずは野菜に水遣り。さすがに昨日、野菜類は収穫しきったので、今日は収穫ナシ。スイカが段々形を成しつつある。水だけはせっせとやっているが、他に何か栄養…肥料を与えるべきなのか、分からない。
在宅の日は(雨が降らない限り)毎日、庭や畑仕事している。外仕事する必要があるからだが、運動のためでもある。プール通いしたいが、まずは家のケアが先決。この数年、組合の役員として雑用をこなしていて、庭の手入れは怠ってきた。人の目の届きそうなところだけはメンテナンスしてきたが、ちょっと庭の奥に分け入ると、それこそ惨状。
3年分の落ち葉や雑草などが堆積している。下が土なら滋養になるが、防草シートを可能な限り張ってあるので、落ち葉は土壌の滋養にはなりえない。掃除するしかないのである。
さて、ふと、冒頭に掲げた保田義孝さんの色鉛筆画の世界を思い出した:
確かに、アンドリュー・ワイエスの世界に何処か似ている。 けれど、保田氏の作品世界は、もっと暖かい。 俗っぽく言うと、日本的な暖かな叙情性の世界があるのだ。人恋しい。人嫌いというわけでもない。でも、敢えて人気のない浜辺とか、誰にも見捨てられた廃船やドラム缶や落ちた木の実とかに心を寄せてしまう。描かれている風景や情景に人影は見当たらない。なのに、人肌の温もりを感じてしまう。ウエット。でも、決してしつこくはない。画面からは、何故かある懐かしい感覚が漂ってくるように感じられる。
(拙稿「保田義孝個展へ」より抜粋)
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