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2017/04/24

早まってはいけません

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→ これは去年の五月の庭の画像。

 ようやくここまで。というのも、帰郷して吾輩が庭の世話をするようになって、ほとんどつつじ(さつき)が開花しなかった。
 近所の庭は花盛りなのに、なぜ?
 理由がわかるのに五年を要した。
 四月になって、雑草が勢いづくようになって、草むしり作業に没頭する日々が続いた。その際、さつきなどの葉っぱが生い茂っていて、目障りに感じた。(予想されるように)四月の半ばに葉っぱの選定をやっちゃった。となると、いよいよ開花という時期を迎えても、花の芽をも剪定してしまったので、咲くはずがないのである

 この誰でもが分かりそうな理屈に気づいたのが一昨年。案の定である。春四月には枝葉の剪定はしない! しちゃいけない! 草むしりはやっても、選定は相手を選んで。その成果がこの庭なのだ。

 この<仮説>が正しければ、今年も花の庭という夢が実現するはず!

 今日も庭仕事。組合の役員をやっていた数年の間、庭も畑も片手間になって、あちこちが荒れ放題に。その整理や片づけは一朝一夕ではできない。雑草の退治も日々やらないと。除草剤は使いたくない!

 昨夜は新月だったのか、月影がなく、晴れ渡った空に星屑が眩く見えた。ふと、昔書いた雑文を思い出した:
 

 星屑とは、魂の奏でる妙なる音色の結晶なのだ、という直感があった。遠いはるかな世界において行き倒れた誰かの末期の吐息が、絶対零度の宇宙においてその吐かれた息の形のままに凍て付き、時に無数の吐息の塊同士がぶつかり合って、火花を散らし流れ星となり、心の闇の片隅を一閃していくのだ

 東京の部屋を引き払う際、本もたくさん処分したけど、レコードを多数処分したのも今更ながら惜しい。60年代の古き良きアメリカのポップスやジャズ、ロック。

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← 「富山市ガラス美術館」 この中に、市立図書館などが入っている。(画像は、「富山市ガラス美術館 - Wikipedia」より)

 内緒たが、富山市にガラス美術館などと併設の新しい図書館。完成まもなく、利用した。感想は、ガッカリ。ビカビカのカフェみたい。明るすぎる。落ち着けなかった。以来、二度と利用していない。図書の利用などのため、いつかは行くかもしれないけど、腰を落ち着けようとは思わない。むろん、個人の感想です。
 性分なのかな。薄暗いところで、スポットライトが灯っているような感じが好きです。
 前の図書館では、数年で数百冊は借りたし、ゆっくりするのが楽しみだったナー。

 近所の書店、文庫も新書も岩波書店だけは置いてなかった。大抵の小さな本屋は、ないね。でも昨日、寄ってみたら置いてあった。特設のようだから、今だけか。


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