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2017/03/22

馬酔木なる真珠の花の連なれる

 5日ぶりにプールへ。13回目。13往復。10往復くらいになると、今、何往復なのか分からなくなる。今日は、結構、人が多かった。春休みだから? でも、ほとんど小父さん小母さんばかりなんだけど。

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← 椿(たぶん)の蕾。蕾がいっぱい生っていて、次々と開花する。春だね。

 ある呟きに、「さくらんぼの種は噛んだら駄目。胃の中で青酸(シアン化水素)に変わるから。たくさん食べると命に関わることもあるらしい」とあった。大人はともかく、子供には注意しないと:
子供は特に注意!食べると「毒」になってしまう身近な食べ物 - NAVER まとめ

長者番付ビル・ゲイツ氏が首位、日本人でランクインしたのは?」:
 資産の偏りが国家予算や国民の貧困を加速している。資産課税が大事。租税回避の遮断が大事。
 このまま放置していると、ますます世界の貧困国や貧困層が増え、内乱や争乱が増えることは目に見えている。若者も年配者も追い詰められて、暴発するしかない。消費税は、高額所得者のみを対象に課税するのがいい。でも、消費税より、資産課税が喫緊の課題だ。

 日本の若者は内向的というのか、不満があっても自分を責めたり心の隘路に嵌まり込んだり、あるいは追い詰められすぎて覇気がなくなっている。あるいはヘイトスピーチ風な、束になって弱いものや真っ当なことを主張する者たちを責める、ならず者の仲間の輪に連なってしまうとか。不毛だ。

 細菌を扱うサイエンス本をいろいろ読んできている。読めば読むほど、抗生物質の的確な投与(利用)が大事だと思う。TPPを嫌がるトランプのアメリカと、アメリカの農産物(や医薬品)分野でも交渉するだろうけど、アメリカの畜産物や農産物は危ない。抗生物質を大量に使っている。

 筋肉増強剤で太らせた鶏肉に豚肉、牛肉、化学肥料大量利用の野菜。どれも、体に悪いみたい。やはり、口に入るものは、地産地消が理想だなって改めて思う。
 ちなみに、我が家の畑で作る野菜類は、一切、肥料を使わない(雨とコンポストの土壌など使う)ので、健康的のはず。ただ、吾輩は野菜嫌いなのが、難点です。

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→ 馬酔木 (あせび)。気が付いたら開花し始めていた。今年も忘れずに。鈴蘭の花にも似た可憐な小花。でも、有毒成分を含んでいるとか。宵闇に数知れない真珠の連なっているように見える。
 

馬酔木なる真珠の花の連なれる

 抗生物質に食品添加物に。そもそも雨と共にどんな物質が降り注いでいることやら。ただ、アメリカでの抗生物質の使い方は半端じゃない。中国も心配だし、ブラジルは不正な(鳥)肉販売している業者が摘発されたし。
 最近読んでいるのは、欧米物の細菌関連本。なるほど、足元の日本物も調べないとね。というか、ブロイラーや豚舎などを観て、絶望感が強いんです。でも、いよいよ日本でも、抗生物質に直接間接に由来するアレルギー症状に悩む人がアメリカ並みに急増しつつあるようですから、現状のままじゃ駄目だよって、声を上げないとね。

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コメント

僕も自分を責めるし、
心の隘路に嵌まり込むけど、
そこは、がんばって、
情理を尽くすところですよね。
なんとかして、心の内を、
表現しようと試みます。
ただでは済まさないぞっw。

思考というのは、
不当に扱われた者に寄り添って始めるもので、
それ以外は、踊らされているだけでしょう。
もちろん、僕も偉そうなことは言えないし、
ぼんやりした人間なんだけど、
立ち止まって、揺さぶりをかけたいよね。
何か、引っかかることくらいには。

投稿: 青梗菜 | 2017/03/23 22:33

青梗菜さん

安直なレスはできないですね。

学生運動が終息した1970年代半ば。あさま山荘事件の生放送や過激派の悲惨な末路も大々的に(誇張気味に)報じられました。政府の意思を感じました。このまま若者を放置はできない。
政府の対応は早くて、特に都会の大学のキャンパスは70年代、続々と郊外へ移転させられ、学生相互の交流を困難にし、偏差値教育が一気に導入され、受験生が偏差値の数値に過敏になり、やがて、内向の世代の台頭とマスコミで伝えられるように。
爾来、長く学生を中心にした若者の内向の傾向が加速度を増していった(ように感じていました)。
社会への不満があっても、それは社会へは向かわず、趣味や自己批判に向かう不毛な縮小再生産の繰り返しに。
グループサウンズがフォークへ向かい、吉田拓路や井上陽水的世界が脚光を浴びる。
雨の中を傘も差さずに社会へ、ではなく、傘をさして相合傘か、同棲か、ひたすら内向きの関心に時を費消する。

この数年、一部の若者の過激化があるような気がするのですが、社会に受け皿がない以上に、社会を分析する論理的座標がなくて、勉強不足もあり、独特な宗教団体に加入するか、ヘイトスピーチで対外的に鬱憤を晴らすとか、SNSで自分を安全な闇の中に籠りながら、弱者を集団でリンチする。
憲法の解釈改憲の際、ほんのわずか社会への関心を抱く若者の存在が脚光を浴びた時期もあったのですが、広がりが欠けている。
なぜ、広がらないのか、広がる必要自体、ないのか、疑問は尽きない。

かく言う自分にしても、一般論として組合が必要だと思いつつも、会社の強固な不要だという考えに、戦いの不毛を感じ、孤立を感じ、50年の歴史のある組合を、執行委員長として解散を決断するに至ってしまった。
今、富山市では市長選や市議選がタケナワです。
関心はあるけど、自分が動く気はしない。組合の委員長としての不毛な数年を取り戻すのが先決という情けない現状。
ただただ不毛を覚えるばかりです。
でも、枯れてはいないのですよ。

投稿: やいっち | 2017/04/14 12:55

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