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2017/01/19

虚実相俟っての自伝……倒れないバイク

 ヒールの似合う女性何とかと、綺麗な女性モデル写真の上にキャッチコピー。多分、ハイヒールの靴の宣伝だろうけど、ヒールって、悪役の意味もあるし……

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← ポール・オースター/著『写字室の旅』(柴田元幸/訳 新潮社) 「奇妙な老人ミスター・ブランクが、奇妙な部屋にいる」。「老人は何者か、何をしているのか……。かつてオースター作品に登場した人物が次々に登場する、不思議な自伝的作品」だとか。『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』『ムーン・パレス』『偶然の音楽』『リヴァイアサン』『ティンブクトゥ』『幻影の書』と、それなりに読んできた。アメリカ本国より日本など海外での人気や評価が高いとか。

 そろそろお風呂に入ろうかな。先月、入ったっけ。お風呂場は寒くて、入浴する気になれない。銭湯は車でないと行けないし。
 で、本夕、思い切って入浴しました。やはり、風呂はいいよね~。垢がいっぱい。
 断っておくけど、シャワーは随時。

 自分が年を取ったなーと感じる瞬間の一つ。それは就寝で布団に入った時。ほんの十年前までは、真冬でも(富山)上は半そでのシャツ、下はトランクスという格好で布団に。最初のうちは寒いけど、数分もすると体熱で布団の中がポッポする。いうまでもないけど、寝室はキンキンに冷えた角部屋。 

 今日、水曜日は朝から青空。なので、朝の十時過ぎからお昼前前まで、野暮ながら除雪作業。我が家の庭はほぼ全域が日陰。日向に雪をどかさないと、ずっと根雪に。一時間四十分、除雪作業。汗だく。この作業のメリットは、汗だくで体がポッポするので、家に入っても、三十分ほどは暖房が要らないことくらいか。
 さきほども、三十分弱、雪搔き。体が温まったので、部屋に入って、四十分以上、暖房を我慢。 実際には一時間以上、暖房なしで過ごした。

 ここだけの話だが、自分の本名と同姓同名の登場人物のいる小説があります。しかも、有名作家。テレビドラマ化もされたらしい。悪役でなくてよかった!
 しかも、その小説の舞台は、自分にゆかりのある土地。もしかして、作家さん、私から名前を取った! なんて、ないですよね。

 もちろん、私の名前を使ったなんてないと思いますが、想像の中で、作家がある人物の実名を使った、そこにはあるミステリーを解くカギがあった、なんて。
 そんなミステリー小説を夢想するのも面白そう。
 そんなことも、ホームページには詳しく書いたことがあったんだけど、ホームページの消滅と共に、数百に登るエッセイや小説などが霞の彼方に。

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→ 絶対に倒れないバイク photo:litmotors 関連する記事「絶対に倒れない!?未来すぎるバイク「C-1」に心踊る! THINK FUTURE」など。 参照:「C-1 Lit Motors

 我が家もこの数年、電気製品などの交換ラッシュ。ボイラー、洗濯機、ガスコンロ、固定電話(故障のまま放置)、玄関ドア(隙間風)、障子、襖、縁側のガラス戸(隙間風)、各部屋の床(歩くとふらつく)、電気釜(放置)、エアコン(放置)、廊下(隙間風)、洗面所(床べこべこ)、風呂場(隙間風)、冷蔵庫(なんとか交換)、パソコン(ハードディスク交換)、デジカメ(カビ生えた。もう新しいのは買わない)、etc. そもそも家自体(耐震基準に満たず)。

 水曜日の朝方、ポール・オースター著の『写字室の旅』を読了した。変わった作風や雰囲気の小説だった。自伝的作品というが、ホント奇妙な自伝だ。

 本書の画像へのコメントにも付したが、「かつてオースター作品に登場した人物が次々に登場する、不思議な自伝的作品」という。

 ところで、話が変わるようだが、人間の体は細胞が30兆とも60兆ともいった膨大な数、集まってできている。
 同時に、、一昨日の拙稿「腸内フローラと土壌フローラのリンク」にも書いたように、人間の体の内外には、人間の体細胞の少なくとも3倍、学者によっては10倍の数の細胞(微生物)が共生しているとか。
 今では、これら共生している微生物群も併せて一個の人体が成立し生きているのだというのは、常識になりつつある。

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← デイビッド・モントゴメリー+アン・ビクレー [著] 『土と内臓 微生物がつくる世界 』(片岡 夏実 [訳] 築地書館) 「植物の根と、人の内臓は、豊かな微生物生態圏の中で、同じ働き方をしている」!

 翻って人間の心、あるいは自伝で自分を描こうとするとき、基本的に実際にあった(だろう)こと、印象的な出来事や思い出を中心に書き連ねていくのが常識だろう。

 では、人間(その人)の思い込みや思い入れの数々はどうなのだろう。実際に恋しい人に声をかけた、その結果も印象的なら、声を掛けられなかった、あるいは遠くで見守るだけだったという思いはどうだろう。
 スポーツの何かの競技でトップを目指したり、歌手を志したり、困っている人を助けようと思ったり(でも、実際には目の前の怖い人とのトラブルが嫌で、見て見ぬふりで通り過ぎたり)、空想や妄想、幻想の中で人はいろいろ思ったりする。

 まして、作家は想像力と想像力が命。作家が渾身の想像力と構想力を以て描いた架空の世界の登場人物群は、作品を書き込んでいるさなかに置いては、人生を共にしているとも言える(と小生は思う)。

 文章を書き始めたなら、創作の文章は一個の生命体として独自の世界を生き始める。
 それなりのストーリーを考える作家もだが、村上春樹氏のように、書き連ねながら、登場人物のセリフや情景描写の世界に引きずられて、ストーリーが練り上げられていく。まさに、虚構の世界であっても、そこには命の宿る人々が時に勝手な思惑で動き回ったりするのだ。
 ミステリー作家だったら、筋書きの都合で登場人物を殺したり、心を傷つけたり、悪事をなさせたリ、まさに作家の勝手放題だったりする。

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→ 絶対に倒れない電動バイク「Lit Motors C-1」  photo:litmotors 参照:「C-1 Lit Motors」や「絶対に倒れない電動バイク「Lit Motors C-1」が最高にクール! – grape [グレイプ]」など。 

 そんな登場人物群が命を持ち、作家が想像力の枯渇に悩んだり、あるいは心身の喪失と言わないまでも、朦朧状態に陥った際に、虚構の世界の人物が俺たち(私たち)の人生を勝手に弄びやがってと、恨みつらみをぶつけてきたとき、それがホントに自分がしでかしたことなのか、誰かの言いがかりなのか、作家本人にも何が何だか分からなくなる、そんなこともありえるのかもしれない。

 そして、本書は、まさに虚構が命の作家の自伝とは、かくなるものだと描いたのだろう。
 つまり、人体が体を実際に構成する細胞群だけじゃなく、共生する微生物群も併せて成り立って生きているように、人間の心の世界も、想像や思い出や妄想、憧憬、切望、失望も含めて、実際にあったかなかったに関係なく、一個のその人の命の世界として、成り立っているに違いないのだということだ。

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