« 『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』に共感 | トップページ | 竹村公太郎著『水力発電が日本を救う』に共鳴 »

2017/01/02

「邪馬台国論争」に決着を

 正月は稀有壮大にというわけで、今日は邪馬台国関連の本を、明日は、日本の将来に関わる本を紹介する。
 過去、何冊も邪馬台国の所在は何処だといった類の本を読んできた。多くは、何が何でも畿内説に持っていこうとする、そのためには恣意的な解釈も厭わない論考だった。

800pxauthentic_viking_recreation

→ ランス・オ・メドー国定史跡 (画像は、「ランス・オ・メドー - Wikipedia」より) この画像を掲げた理由は下記する。

 そんな中、でも、本書が一番、説得力があると感じた。
 最後に書いてあった、バイキングの話も面白かった。
 こういった呟きを読んでいる最中に某SNSサイトに記した。

 ある書評には、このように指摘されていた:
【書評】在野精神が大胆な考察生む 『邪馬台国は熊本にあった! 「魏志倭人伝」後世改ざん説で見える邪馬台国』伊藤雅文著(1-2ページ) - 産経ニュース」によると:

 著者は結論が出ない理由について『魏志倭人伝』(3世紀の中国の歴史書『三国志』の一部分で、卑弥呼や邪馬台国が出てくる)に「とんでもない落とし穴が潜んでいる」と指摘し、こう述べる。

 「朝鮮半島の帯方郡から邪馬台国までの行程の記述のうち最後の2行程だけが、『水行二十日、水行十日、陸行一月』と曖昧な日数表記になっている。水行一日は舟の速さで100里にも1000里にも想定でき、陸行も歩き方次第でどのようにもなる。つまり日本のどこにでも邪馬台国が設定可能になる」


 まさにこの点が、邪馬台国の所在論争で一番の眼目となる。
 解釈次第で「日本のどこにでも邪馬台国が設定可能にな」ってしまうのだ。

 けれど、著者の伊藤雅文氏は、「魏志倭人伝」の筆者である陳寿は、それこそ「史記」の司馬遷に匹敵するような歴史家であり、中国の歴史書・目的地への案内書でもある書に、曖昧な記述などするはずがないと唱える。
 つまり、あくまで稀代の書き手・陳寿を信頼する上で、論考を進めていくわけである。
 大胆だが、決して無謀とは思えない論及は、わくわくするものがある。

 筆者の周到な論及ぶりが示される一つは、「周旋可五千余里」だ。大抵の学者は、<倭の地を参問するに、海中州島の上に遠くはなれて存在し、あるいは絶えあるいは連なり、一周五千余里ばかりである。>と訳している。
 けれど、これだと、どうにも意味が通らない。そこで学者らは、頭を悩ました挙句、「里」の長さをここでは引き伸ばして、何が何でも畿内説に矛盾しないよう解釈する。

 が、著者は、まず「周旋」の意味を周囲を巡ると解釈すること自体を疑う。「魏志倭人伝」が書かれた時代、「周旋」がどのような意味で使われているかを、当時の文献で徹底的に調べ上げる。
 すると、「周旋」は、周囲をぐるっと一周するという意味じゃなく、多くは「巡り歩く」「行き来する」「転々とする」という意味で用いられていることを突き止めるのだ。
 そうすると、まず、畿内に邪馬台国を設定するのは不可能になる。

 そうではなく、狗邪韓国から邪馬台国(つまり熊本平野)までの距離が五千余里だという著者の解釈が成り立つわけである。且つ、帯方郡から邪馬台国までの一万二千余里の行程の中に五千余里も無理なく含まれると結論付ける。
 まあ、今までの大概の本のように、都合の悪い記述は無視するか、里の距離を変更するような無理な説よりははるかに納得がいく。
 著者は、今後、熊本平野(山に近いところ)の発掘が進むことを期待している。
 同時に、「魏志倭人伝」が書かれた当時の、今は見つかっていない文献の発見に期待している。そうすると、本書の主眼である、「魏志倭人伝」後世改ざん説が証明されるだろうと期待している。

9784594075439

← 伊藤雅文 著『邪馬台国は熊本にあった! 「魏志倭人伝」後世改ざん説で見える邪馬台国』(扶桑社) 「魏志倭人伝」改ざんに至った経緯を史実をベースに推理し、改ざんを修正したうえで、邪馬台国への道程の綿密な検証を展開。その結果浮上してきた邪馬台国の所在地とは? …著者は熊本平野だと唱える。

 ところで、本書の「あとがき」で、ヴァイキングの話が出てきた。邪馬台国の所在論老が決着しない一方で、ヴァイキングが、コロンブスによるアメリカ大陸発見の数百年も前(西暦1000年以前)に、アメリカ大陸を発見していたことが、近年、定説になりつつあるという。

 従来は、『エッダ』や『サガ』という神話や物語伝承の中で、ヴァイキングがアメリカ大陸に渡っていたと語られていたが、あくまで神話・物語であって、事実とは認められていなかったのだ。
 それが、ノルウェーの探検家ヘルゲ・イングスタッドと妻で考古学者のアン・スタイン・イングスタッドによる、カナダ、ニューファンドランド島における発掘調査(ランス・オ・メドウ)で、ヴァイキング由来の様々な証拠や跡が出土発見されたのである。

1960年、ノルウェー人の探検家ヘルゲ・イングスタッド(英語版)とその妻で考古学者のアン・スタイン・イングスタッド(英語版)が発見した。コロンブスが北米に上陸する以前の年代にバイキングが持ち込んだとされる鉄釘をイングスタッド夫妻が発見し、これによりコロンブスの「新大陸発見(西洋人視点)」説は覆った」のだ(知っている人には常識に属することなのだろうが)。
 邪馬台国論争についても、熊本平野の想定される地域での発掘調査が進めば、論争も決着するのではと著者は期待している。

 日本も早く、邪馬台国論争に決着をつけ、歴史を一層、深く探求されるよう願っている。

|

« 『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』に共感 | トップページ | 竹村公太郎著『水力発電が日本を救う』に共鳴 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

古代史・考古学」カテゴリの記事

書評エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「邪馬台国論争」に決着を:

« 『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』に共感 | トップページ | 竹村公太郎著『水力発電が日本を救う』に共鳴 »