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2016/11/19

ジル・クレマン著『動いている庭』とは

 先日、同僚に戴いたユズ。
 もちろん、ユズは早速、食べちゃったけど(前日の日記参照)、種が気になる。
 それが昨日のこと、車で市内を走行中、ある家の庭(畑)でユズを植え育てているのを見かけた。

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← ジル・クレマン (著)『動いている庭』(山内 朋樹 (翻訳)  みすず書房) 世界各地の庭や植物相のカラー写真が豊富で見ているだけでも楽しい。

 観た瞬間、そうだ、ユズの種を我が家の庭(畑)に植えよう! と思い立った。
 今日、生ごみ受けに残っていたユズの種を早速、回収。
 今日は雨なので、明日以降、やるぞ!

 さて、ジル・クレマン著の『動いている庭』を本日、読了。

「庭づくりの実践に導かれた大胆な環境観が思想・建築・芸術分野にも刺激を与えているフランスの庭師クレマンの代表作」だとか。
 彼の本を読むのは初めてだった。そもそも初耳の庭師(書き手)でもあった。

 内容説明によると、「できるだけあわせて、なるべく逆らわない――これが現代造園の世界に新たな一ページを開いた庭師、ジル・クレマンの哲学である。荒れ地での植物のふるまいをモデルとし、土地を土地のダイナミズムにゆだねつつ、 植物を知悉する庭師の手によって多彩で豊かな進化をうながすプロジェクト、それが「動いている庭」だ」とか。

 庭づくりというと、欧米だと幾何学的な造形、日本だと古寺などの苔庭など山水的な風雅な形の庭を思い浮かべる。
 欧米と日本とは考え方がまるで違うようだが、共通点がないわけではない。
 それは、庭づくりには、人間の考え方が隅々まで行き渡っていること。
<自然っぽさ>を装う日本の由緒ある神社仏閣の庭も、お寺の住職か修行僧かは分からないが、毎日、隅々まで掃除を欠かさないし、苔を蔓延らせ、落ち葉は掃きとり、何処にどんな樹木や草花を育てるか、春にはどんな花が咲き、夏には、あるいは秋には紅葉が映えるようにと、徹底して計算しつくされている。
 
 一方、この「動いている庭」という奇妙な題名の本で言う、動いているとは、季節ごとの変化を大事にするのは勿論だが、庭の外から鳥によって、虫によって、風に飛ばされてやってくる、当初の庭にはなかったような、下手すると雑草とは言わないまでも、少なくとも計算外の、異物的、あるいは外来種的植物も、時に歓迎するという思想に根差している。
 上で引用したように、「荒れ地での植物のふるまいをモデルとし、土地を土地のダイナミズムにゆだねつつ、 植物を知悉する庭師の手によって多彩で豊かな進化をうながすプロジェクト、それが「動いている庭」」なのである。
 本書の訳者も驚いているように、こうした発想が、東洋ならまだしも、欧米で生まれるというのは、驚きかもしれない。

 そもそも、「庭」は、囲まれた、隔絶された区画の意味がある。
 だからこそ、人は、自分なりの思い入れを以て庭づくりをする。計算とまで固いことは言わないまでも、少なくとも自分なりの美意識に応えるような庭であり景観であって欲しいのだ。

 そう、せめて自分の領分である自分の庭くらいは。
 けれど、本書によると、庭の外からの闖入者、それどころか、外来種であっても、時には歓迎だし、庭の変幻を人間の計算や作為で完全にコントロールするのではなく、まさに自然の為す想定外の結果の齎す効果を、そのままではないとしても、相当程度に受け入れようとする。
 本書では、この発想がいわゆる庭に留まるのではなく、地球規模を考え、惑星という庭という発想にまで至っている。

 その意味するところは本書に拠っていただくとしようか。

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→ 昭和20年8月1日の富山大空襲は、焼夷弾の投下の規模(密度)がひどくて、3千人ほども命を奪われた。この碑は、無縁仏のお骨などが納骨されている。今富山大空襲記念館建設の運動が始まっている。遅きに失しているけれど、意義があると思う。 富山大空襲は、「人口1,000人当たりの死者は17人で地方空襲の中で最多」だとか。 碑(塔)の類なら、富山市内に限らず、各所にある。平和祈願之碑(富山市豊田本町)、戦災復興記念像(天女の像 富山城址公園)、伊佐雄志神社(富山縣護國神社内)、慰霊地蔵尊(島尾海浜公園内)。そしてこの画像の慰霊の碑(長岡墓地)である。

 ただ、「本書は、庭づくりの手引きを越えた、自然と人間の関係をめぐる智恵の宝庫である。クレマンの思想は、生命のゆらぎのなかに生きるわたしたちに多くの示唆をもたらすだろう」とは言えそうである。


関連拙稿:
雑草をめぐる雑想 」(2008-04-04)
根性雑草とは呼ばれない」(2009-04-13)
野草でも雑草でもなく…(後編)」(2011-05-26)
雑草学だって ? ! 」(2014-03-18)
苔びっしりの桜たち」(2016-10-01)
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2016/11/17

生き延びてほしい!

 世の中、いろいろ動いている。気になる事件は少なからず。不幸な事件もあれば、楽しい出来事も少しは。
 でもやはり、辛く悲しい事件のほうが多いようで、残念である。

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← 小山実稚恵著『小山実稚恵の世界』(ぴあ) 本書以下、本稿で掲げる本は、いずれも、昨夜ラジオで聴いた「ミュージック・イン・ブック ▽松浦寿輝の“ピアニストが主人公の小説”」で紹介されていた書籍である。小山実稚恵のピアノ演奏による、シューマン:作曲の「“幻想小曲集”作品12から 第1曲“夕べに”」をもう一度、聴いてみたい!

原発事故でいじめ「賠償金あるだろ」 自主避難した男子生徒が不登校に」 が一番、小生の琴線を打った。

 黴菌扱い、賠償金あるだろ、なんて禄でもないガキどもが居るんだろう。親の顔を見てみたい。
 無論、虐めるガキ連中の顔も。こいつら、のうのうと生きていくんだろうなー。

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→ 同僚にユズを2個、もらった。どうやって食べていいかわからず、マッシャーで中身を磨り潰して、野菜サラダに振りかけて食べた。美味い!と言いたいけど、2個は多すぎた! あとでふと思いついたけど、ユズ風呂って手もあったなー。今更、遅いけど。

 アメリカでは白人至上主義者のトランプ次期大統領の自らの発した差別発言で、全米で差別や苛めが巻き起こされている。多数者の横暴。違いへの惨めなこだわり。

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← トーマスベルンハルト 著『破滅者/グレン・グールドを見つめて』(音楽之友社)

 違いこそが個性だと思えないのか。
 教師や校長や教育委員会の連中は、虐められる少数者の苦しみを無視して、自分たちを含む多数者の平穏無事だけを願っているんだろうね。

 私は今、虐めに苦しんでいる人たちに切に願うよ。生き延びてほしいって。世界は今生きている世界だけじゃない、もっとはるかに広いってことを想ってほしい。

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→ ユズを戴いたお礼に、庭のキュウイを収穫してきた。雨だったので、採りやすいのを十個ほど。リンゴと一緒に箱に詰めて、若干の時間保存すると身が柔らかく美味しくなるとか。自分ではまだ試したことがない。初収穫なのだ!

 昨夜、途中からだが、「ミュージック・イン・ブック ▽松浦寿輝の“ピアニストが主人公の小説”を聞くことが出来た。最初の曲(「“霧の中”から第1曲」ヤナーチェク:作曲)は惜しくも聴けなかった。でも残りの2曲は間に合った。
『「“3つの間奏曲”から 第1番 作品117」ブラームス:作曲(ピアノ)グレン・グールド』と、『「“幻想小曲集”作品12から 第1曲“夕べに”」シューマン:作曲(ピアノ)小山実稚恵』は聴けたよ。どちらも初耳。よかった!

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← 奥泉光 著『シューマンの指』 (講談社文庫) 

過去の放送 - ミュージック・イン・ブック~音楽と文学の交差点~ - NHK」:

11月16日水曜 NHKラジオ第1 午後9時30分~ 午後9時55分
ミュージック・イン・ブック ▽松浦寿輝の“ピアニストが主人公の小説”

【司会】松浦寿輝

「“霧の中”から第1曲」
ヤナーチェク:作曲
(ピアノ)ルドルフ・フィルクスニー
(2分19秒)
<POLYDOR POCG-2940>

「“3つの間奏曲”から 第1番 作品117」
ブラームス:作曲
(ピアノ)グレン・グールド
(3分07秒)
<SONY SRCR-9174>

「“幻想小曲集”作品12から 第1曲“夕べに”」
シューマン:作曲
(ピアノ)小山実稚恵
(3分00秒)
<SONY SICC-1169>

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2016/11/15

人がいいのも善し悪しだね

 会社。仕事のほうは暇を持て余している。が、組合のほうが大変。
 委員長の引き受け手がいなくって、とうとう留任。
 自分の家のことやら自分のことやらで手一杯なんだけど。我が身を犠牲にしての雑用係り。人のいいのも、善し悪しだなー。辛い!

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← 宝賀 寿男 【著】『物部氏—剣神奉斎の軍事大族』(青垣出版;星雲社)

 愚痴に変わって、これは雑談になるけど、いつだったか、信号待ちしていた時のこと、前に止まっていたトラックの後部に貼ってあったステッカーが忘れられない。「七輪のさむらい」だって。どういう意味なのか!

 小生、てっきり、「七人の侍」のもじりだと思っていた。あくまで言葉の遊び、ギャグだと。
 ところが、調べてみたら、「七輪の侍」って名前の店が日本各地にある。
 あるいは、七輪でサンマなどを焼くが好きだってひとのブログとか。
 あれは、ダジャレじゃなかったのか? 真相は藪の中である。

 さて、宝賀 寿男著の『物部氏—剣神奉斎の軍事大族』を本日、一週間ほどを費やして読了。
「東大法卒。大蔵省を経て、弁護士。古代史、古代氏族の研究に取り組み、日本家系図学会会長、家系研究協議会会長などを務める」という経歴の持ち主。

 さすが聡明というか、視野が広く、筋道立てての解明ぶりが(素人の自分が褒めるのも僭越だが)素晴らしい。
 ただ、素人には読めない地名や人物名があまりに多く、一般向けを多少でも意識するなら、フリガナをもっと振って欲しかった(敢えて目次を、とまでは言わないけど)。

 興味深い内容なんだけど、読むのが難儀だった。せっかくの著者なのだが、もう一冊読もうというファイトが湧かない。邪馬台国や出雲の話など、著者の見解を詳しく知りたいんだけどね。

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→ 一昨日のスーパームーンの日は、日中は晴れていたんだけど、夕方、ほんのひと時だけ、月影を拝めたけど、夜に入って次第に靄に霞み、ついには雲に覆われてしまった。残念! 日中、立山連峰を眺められただけでも、よしとしておくか。

 我が家には狭いながら庭がある。無精だし勉強嫌いなので、ちゃんとしたことはできないけど、放置すると藪になってしまう庭の対処に困る。ホント、望まない雑草に限ってスクスク育つんだよね。植物の生殖力の凄みを実感する日々。
 小生、庭の草むしりに辟易して、愚痴の代わりに、雑草を巡るエッセイを本ブログで何度となくアップしてきた。
 草木に関連する記事も列挙するのが面倒なくらいに書いてきた。

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← ジル・クレマン著『動いている庭』(山内朋樹訳  みすず書房)

 それだけに、本書ジル・クレマン著の『動いている庭』が朝日新聞の書評で紹介されて、即、この本(テーマ)に飛びついた。
 具体的に庭仕事の仕方を学ぼうってんじゃなく、こうしたやや思想的に庭を考える本を選ぶってところに、自分らしさがある ? !
 尚、本書はまだ読み止しなので、内容については、この頁を参照願いたい:
ジル・クレマン『動いている庭』 - みすず書房

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2016/11/14

今回も『今昔物語集』 の周辺を巡る

 仕事で着ている服のボタンが取れそうだった。なので、ボタン付け。二つのボタンに30分以上。その大半は、針に糸を通すのに要した時間。ホント、いらいらする!
 老眼の上に、もともと不器用。二重苦?

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← 『今昔物語集』 (角川書店 (編集) 角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス) 本書からは、つい先日、「月の兎悲話」(2016-11-06 )を書いたよ。

 一昨日は、夜中の二時ころ帰宅。寝たのが四時前か。朝、十時から報恩講。眠かったけど、一年に一度なので、お布施を手にお寺へ。
 浄土真宗の布教師宮木美弥子さんの講話が面白かったよ。
 年のせいか、涙腺が弱くなって、感激のあまりってわけじゃないけど、話の途中、思わず涙が溢れたよ。

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→ 左側の小銭入れが長年の使用で縫製が切れた。小銭が切れ目から零れ落ちるように。そこで右側のほうを今日から使う。どちらも父の遺品。右側も擦り切れている。そうそう、財布も父の遺品。今、帰郷してからのこの8年で三つ目を使用中。

 昨日、仕事が余りに非まで、車中で『今昔物語集』 (角川書店 (編集) 角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)の残りの130頁ほどを読み切った。
『今昔物語集』は、一度は全文を読みたいと思ってきたけど、なかなか手が伸びない。長いし、苦手な古文だし。
 でも、芥川龍之介がここ(特に本朝もの)から小説の題材を得た「ことは、高校時代、教科書などからの情報で知っていた。
 日本人なら、「源氏物語」や「枕草子」「徒然物語」「方丈記」「平家物語」「古事記」などなどと共に、一度は通読しておきたいもの。

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← 富山市には、こうした古びた路地裏、飲み屋街が少ない。そこがちょっと物足りない。空襲で市街地が全焼したから、街づくりが新しいのはやむを得ないけどさ。 歩いていて、思いがけない発見とか意外性とかがないと街歩きは味気ないよね。

 さりながら、今の小生は、ビギナーズ向けに編集された本書を読むのがせいぜい。
 それでも、それなりに、楽しめた。
 改めて、芥川があまりに近代人的に「今昔物語」の中の話を解釈しなおしていると確認した。

「今昔物語」を読めない、でも読みたいという強迫観念(?)は、ずっと続いていて、二年前にも、書店の古典コーナーで偶然発見した、野口武彦著の『「今昔物語」いまむかし』を読んだものである。
 この本はまさに発見もので、実に面白かった。

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→ 野口武彦著『「今昔物語」いまむかし』(文藝春秋) 本書については、拙稿「野暮用に忙殺されるからこそ読書」を参照のこと。本書の挿画は、八木美穂子によるとか。拙稿「イラストレーター八木美穂子ミニ特集」参照。

 商品案内によると、「同じ王朝文学の「源氏物語」の「みやび」「もののあわれ」とは違い、野性味や物質性を大きな特色としています。赤裸々な人間の姿をさらすこの文学に、著者は現代の混沌に通じるものを見て、その勘所をエッセイとしてつづってい」るというものだが、まさにエッセイとして読み応えがあった。

 というわけで、今回も「今昔物語集」の周辺を巡るだけに終わった。いつかは、周回コースの内側へと切り込んでいきたいものである。

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