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2016/09/16

ダーウィンから痴女へ!

 メノ・スヒルトハウゼン著の『ダーウィンの覗き穴――性的器官はいかに進化したか』を読了した。
 ついで、地の世界に舞い戻るわけじゃないが、人間の猥雑なる地平に親しみたくて、安田理央 (著) 『痴女の誕生』を一気読みした。

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← メノ・スヒルトハウゼン【著】『ダーウィンの覗き穴――性的器官はいかに進化したか』(田沢恭子【訳】 早川書房)

 どんどん進化を遂げるウイルスとの戦いの過程で編み出された、性の世界。オスとメスの絡みは、数十億年の歴史がある。性の深みや広がり多様性、衝動や本能、だからこその策略の巧みさの凄みは筋金入りなのだと、本書を読んで改めて痛感させられた。
 本書は面白い、実に面白い本で、知的な勃起が(も)止まらなかった。

 性淘汰は生殖器の進化を促す強い原動力となる…だけに、進化の最前線。雄と雌とは、犯し犯される(愛し愛される)関係にあり、しかも、望まれる雄や雌は少なく、虎視眈々と狙う雄(や雌)は多い。だから、そこに苛烈な静穏競争のドラマが繰り広げられる。性器(生殖器)の、想像を絶する多彩な世界に眩暈がしそうなほど。性の深淵はとてつもなく深い。本書を読んでいて、どんなエロやエロスを謳う本(写真)より圧倒的にエロチック。体の数倍もあるペニスを雌の体に挿入して、覚える快感の度合いは、オスメスに限らず共に、どんな人間も味わったことも、味わう可能性の欠けらすらないものだろう。

 さて、本書の内容案内には、「進化論のダーウィンは、世界で一番長い交尾器をもったフジツボの発見者としても著名です。じつは生物学者は古くから、生き物の「秘部」が隠し持つ驚きに圧倒され続けてきました。たとえば…ペニスにバイブレーターを備えたガガンボがいる。クモの雌はイケてる雄とそうでない雄の精子を使い分ける。自分の体長の倍以上の長いペニスを巻尺のようにまるめて収納する甲虫がいる…。性というテーマは進化論上でも論争の激しい分野。この多様性の王国を生物学者のガイドと、驚くべき多数の図版でお楽しみください」とある。

 じっさい、、ナメクジやクモやフジツボらの味わっている性的愉悦の深さは宇宙的で、その際限のなさは、人間なんか目じゃないに違いない!
 惜しむらくは、「驚くべき多数の図版でお楽しみください」とあるにも関わらず、図版や写真が少ない事。看板に偽りありだ。この手のは、図や写真が眼目でもあるのだし。
 まあ、現代はネットで関連する写真やビデオを視聴できるのだが、やはり、本書の中に添えてほしかった。

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← 安田理央 (著) 『痴女の誕生』(太田出版)

 内容紹介によると、「アニメやマンガや文学や美術も大切だ。だが、アダルトヴィデオの歴史を知らなければこの国の文化はほんとうにはわからない」とある。
 全くその通りだと思う。歴史は夜、作られるという有名な言葉がある。
 人間の歴史は、所詮は人間が作るもの。つまりは、男と女が作るモノなのだ。

 内容案内には、さらに、「いやま体験のない若い年代までもがAVでやっていることを当たり前と思うようになっている。いつのまにか「美少女」「熟女」「素人」などのジャンルが成立し、90年代には「痴女」、ゼロ年代にはついに「男の娘(こ)」が誕生する。セックスしない男女が話題になる中、はじめてアダルトメディアの歴史を解き明かし、今現在進行しているセックスの状況をつぶさに描き出す革命的論考」とある。
 革命的論考はともかく、小生の夜の歴史に、時期的に相当重なるので、馴染みの名前(特に女優さんたち)に再会遭遇するようで、懐かしく感じた。

 そうそう、そういう女優さんがいたよねって。ピンク映画からロマンポルノに切り替わるころ、小生は一人暮らしを始めた。学制時代は市の郊外にあるピンク映画館に足しげく(ってほどにはカネがなかったが)通ったものだ。
 社会人になっても、ロマンポルノにもピンク映画館にも通ったっけ(家にビデオデッキがなかったし)。
 ピンク映画には、無論、女優さんが登場するのだが、当時はまだ裸になってくれる綺麗な女性は少なくて、裸になればそれでピンク映画の主演女優なのである。

 スクリーンに映る女優を見て、ああ、この女優と一時間あまりの映画を付き合わなくちゃいけないのかと、ガクッと来る思いがあったが、それでも、(模擬と分かっていても)絡みの場面になり、裸を披露してもらい、喘ぐ表情を見せてもらうと、大概の女優はそれなりに映るのが不思議だった。
 それだけ、女の裸に餓えていたのか、それとも、体の火照る場面になると、女性は美しくなるからなのか、今となっても謎のままである。

 さて、そんなつまらない感懐はともかく、小生としては、この手の本には、特に出演する女優らの生々しい声、ウラ話、それ以上に、女優らの写真をいっぱい載せてほしかった。
 カラーじゃなく、白黒でいいのだ。そのほうが、エロの度合いが高まるし。

 それにしても、「痴女」はともかく、「男の娘(こ)」の時代にさえ突入して何年も経っているとか。理解不能。
 とっくに自分のスケベ心を時代が追い越していると、実感させられた。

 そんな自分だから、 メノ・スヒルトハウゼン著の『ダーウィンの覗き穴――性的器官はいかに進化したか』なんぞを読んで、空想妄想の世界で性的世界の拡がり深みを味わおうとしているのかもしれない。

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2016/09/13

踏切の出来事

 郊外の、のどかな田園地帯。電車が駆けていく。田圃が稲穂を実らせている。
 そこを抜けている静かなる小道。

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 こんな田舎の道すら、コンクリート舗装されて、地の色は見えない。
 吹き渡る爽やかな風。のびやかな稲穂の、尖がった、命に満ちた匂い。
 青い空と、うっすら浮かぶ山並みの影。

 こんなのどかな、死ぬほど退屈な日常の繰り返し以外に何もあろうとは思えない山里なのに、あの子は消えてしまった。
 あの日、鉄の塊に飛び込んで、身と心とが別れ別れになってしまった。
 着ているものは全て剥ぎ取られて、あの世へと旅立っちゃった。一人で。

 おさげが可愛い子だった。
 遠くから見守ってきた子だった。
 だけど、あの日、オレは、命の輝きに目が眩んでしまった。我慢できなくなったのだ。

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 たった一度の過ちが何もかもを奪ってしまった。
 助けることもできず、ただ見過ごすばかりで、あれよあれよと時の悪戯に立ち尽くしていた。

 ある闇夜、妙な胸騒ぎがして、オレは一人で灯篭のある踏切へ向かった。急ぎ足で、気が付けば駆け足で。
 間に合わなかった。そう、何もかもが手遅れだった。
 否、オレは気づいていたはずだ。サインはありあまるほど、あったじゃないか。恨めし気な、未練がましい、あの子の視線を痛いほどに感じてきた。

 目を背けるのもとっくに限界に近付いていた。
 だから、オレはあの日、手を下したんじゃないか。背中を押したのはお前だ。剥ぎ取ったのはお前だ。
 誰もしらなくとも、お前だけは知っている。

 漆黒の闇、濡れ羽色の髪ののたうつ闇、闇を深紅に染める悲しみ。
 そこに揺らめく蝋燭の焔。漂泊する魂の色。

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 臆病者は、夢の中でしか人を愛せない。
 幻の中でしか、人を直視できない。
 だからお前は、死ぬまで夢幻に溺れ続けるのだ。

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