『十五少年漂流記』から『蠅の王』へ
ウィリアム・ゴールディング 作の『蠅の王』は、かねてより、名作の誉れ高く、名前だけはしばしば耳(目)にしてきたが、長く放置してきた。
← ウィリアム・ゴールディング 著『蠅の王』 (新潮文庫) 「大人のいない少年だけの島。そこは楽園か、それとも地獄か。無垢な精神に潜む、残虐性の本質を描くイギリス文学の問題作」だとか。
正直、まず題名でずっと敬遠してきたのは事実。ネタバレになるから書かないが、なるほど、そうだったのかという驚き。内容は、少なくとも導入部や全体の構造は、原因不明の事故によって15人の少年を乗せた船が見知らぬ土地に流れ着いてしまう、といったジュール・ヴェルヌ作の有名な『十五少年漂流記』を思わせる。読んだ人も多いだろうが、大概は子供向けにアレンジされた内容で記憶しているのではなかろうか。
無人島、しかも近くに陸地などがない孤立した島だという設定なのも同じ。しかも、最初はリーダーを選出して、それなりに集団としてまとまりがあったのが、次第に二つの派に対立分裂する設定も同じ。他に、(小生は未読だが)似た設定の小説に、ロバート・バランタイン作の『珊瑚礁の島』があるようだ。
ただ、本作は、これまたネタバレになりそうだが、筋としても結末もかなり陰惨なものになっている。自分としては、原作の(子供向けにアレンジしていない)『十五少年漂流記』と読み比べをしてみたくなった。それはそれとして、本作品は実に読み応えがあった。ストーリーを追うのも結構だっが、個々の場面の叙述が素晴らしい。詩人(になれなかった筆者)の片りんが随所に出ているのだ。
登場人物たちは、子供たちばかりの設定だが、ある意味、住人が十数人の子供だけの世界だったどうなるのかという、実験小説的意味合いもあるのか。政治は大人たちが行うものかもしれないが、大人と言っても、一皮剝くと、欲望と野心や偏見の塊。利害対立に汲々としているのが現実ではなかろうか。 いよいよ切羽詰まれば、本能と衝動に駆られるガキの魂ばかりが剥きだしとなる。止めどなく!
東西対立の冷戦構造が崩れて四半世紀余り。今、世界は、新しい秩序を求めて漂流しつつある。混迷の荒波を行く宛も分からずに懸命に出口を求めている。出口(脱出路)はあるのだろうか。それが分からないがゆえに、アメリカは白人中心主義への復古を目指し、イスラム諸国は、イスラムの原理(と言いつつ、狂信的な教義)に固執し、アフリカは部族対立に明日が見えなくなっている。
← ジュール・ヴェルヌ作『十五少年漂流記』 (石川 湧 (翻訳) 角川文庫) 「「少年諸君は、憶えていただきたい。どんな危険な状態におちいっても、秩序と熱心と勇気とをもっていれば、きりぬけられないことはないのである】少年達のために書かれた冒険物語」とか。原作に忠実な訳なのだろう。「389夜『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ松岡正剛の千夜千冊」など参照。
日本も、アベ政権下で、ヘイトスピーチを野放しにする惨状である。本作は、そんな現状を予言しているかのような作品だとも(やや深読みすぎかもしれないが)解釈が可能かもしれない。明日が見えない恐怖に囚われると、人間は似たもの同士の仲間で塊り、異質な他者集団を排除する、その悪魔的な情熱に生きがいと救いを求めるもののようだ。明日の世界はホント、どうなるのだろうか。
ちなみに、本書(原作)は、1954年に出版されている。つまり、東西冷戦の最中、というより、紆余曲折はあってもいよいよ強固な構造として固まっていく真っ最中の作品。なので、小生の勝手な解釈は無理筋だと自分で注釈しておく。
繰り返しになるが、時代は、やや理想というか予定調和的なジュール・ヴェルヌ作の『十五少年漂流記』 じゃなく、ゴールディング作の『蠅の王』的な世界へ、泥沼へと溺れ込んでいくようで、怖い気がするのは小生ばかりではなかろうと思う。
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