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2016/07/12

七回忌余聞

 日記に書いたように、先週土曜日、七回忌の法要があった。
 小生は我が一族の本家筋に当たり、且つ自分が長男なので、自分が全ての催しの中心となる。

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→ 座敷というか、仏壇があるので、今では仏間。法要はそのあとの食事も含めて全て近所のお寺で行ったので、我が家の仏間は一切、使わなかった。でも、仏壇に手を合わせる人もいるだろうから、墓掃除やら仏間の掃除なども一通り。案の定、手を合わせていく親戚もいた。法要の行われたお寺の様子は写真に撮り損ねた。お花も、この仏間の花より立派なものを飾ってもらったのだが。

 三回忌までは、専門業者に任せっきりで、指摘されたことをただ行うだけ。
 今回は、お寺さんで法要を行うということ、あつまりもホントの身内だけの集まりということで(住職や赤ちゃんも含めて17人)、法事(や葬祭)の専門業者には依頼せず、自分で手配などを行った。
 苦労や気苦労もあったが、それだけやりがいもあり、終えて達成感もある。

 親族の方々にも納得してもらえたように(勝手に憶測し)思っている。
 香典返しもそれこそ中には倍返し(以上)になった家もあるのではないか。心残りのないよう、予想される頂き物の少なくとも同じ程度の返しを心掛けた。

 さて、四時に始まった法事が五時ころに終わったあと、お寺さんの広い居間…あるいは、宴会場(催事の部屋)で、食事の宴を開いた。
 近くの寿司屋さんから法事用の仕出し弁当を届けてもらった。

 その際、驚いたことに、祝儀(?)というのか、ほんの気持ちばかりという言葉と共に、心づけ(?)をもらった。もらったことも驚いたが、なんと三千円も入っている!
 ちょっと、精神的には借りを作ったような気分。そのうち、その店を利用しないといけない。

 さて、ようやく本題に入る。
 二十畳ほどの広間での宴会では、みんな見知ったひとばかりということで、和気あいあいとした雰囲気。
 何といっても、住職とは、父母(の前)の世代からの長い付き合い。
 父は住職を中心にした「お経の会」を近所の人たちと作り、全国各地のお寺を中心にした名所旧跡を旅行し
てまわった。

 母は、民謡の会に入っていて、三味線を弾くし、民謡も歌う。その声の張りの強さは驚くものがあった。
 旅行には当然ながら父母が一緒に行く。旅館では、母が三味線を弾く。歌も歌う。当然のように、人が集まってきてなかなかの盛況になったりもしたとか。

 そんな話も初耳。
 住職も我が家をはじめ親戚の人たちと顔見知り。
 だからなのだろう、打ち解けた話を遠慮なく行えたのだ。

 ある人は、小生の祖父が、自分の幼いころ…、姉と小生とを連れて、岩瀬浜へまで電車で行ってくれたとか。
 子煩悩という言葉があるが、孫煩悩で可愛がってくれたらしい。
 姉は覚えているらしいが、小生は全く覚えておらず、初耳だった。
 その祖父は、働き者で(これは聞いていたが)、それが過ぎてか、春先、田圃を見て回った際に、脳梗塞か何かで倒れ、そのまま帰らぬ人となったとか。
 実際、小生は祖父のことは全く記憶にない。

 祖母は、厳しい人だった(ことはお袋から聞かされていた)が、小生が保育所時代に病気で倒れ、自宅で寝ていたが一週間ほどで亡くなったとか。年末も師走のこと。
 祖父を追って、ほんの一年か二年あとに亡くなったのだ。

 けれど、その祖母のことも、小生はほとんど何も覚えていない。自分がいま、執筆しているこの茶の間で、祖母に抱っこされていたような、線香というか、抹香くさいような匂いを覚えている。
 が、それさえも、祖母の葬儀後、茶の間で祖母の衣服にその抹香臭い匂いを嗅いだのかもしれない。
 祖母のことは覚えていないが、家の前に黒塗りの車が来て、それに乗り、焼き場に向かい、煙を見上げ、焼いた後の灰や骨を見た記憶だけが残っている。

 そのほか、初耳の話をいろいろ聞けた。特に、集まった中で最長老で、父の弟さん(について)の話は面白かった(が、ここでは略す)。
 今回は、我が家ではなく、お寺さんが集合の場(現地集合現地解散)だったのだが、そのお寺で、姪っ子の子供二人と久々に会った。
 前に逢った時は小学生で、いかにも小学生という雰囲気だったのが、寺の廊下で最初見たとき、二人は全く見知らぬ人に見えた。
 二人は、今は中学生なのだが、印象では、中学生を飛び越えて一気に高校生になったような体格。
 驚いた。あの時期の成長は凄いものがあると、つくづく。

 思えば、小生も中学生になったころまでは、身長は小さくて、幼少の頃からずっと前から三番以内だったのが、一年の終わりころから急成長が始まり、二年の終わりから三年生の頃には、平均身長を何センチが超えるほどになっていたものだ。

 小生は、高校を卒業後、ずっと郷里を離れて生活してきたので、父母との会話も含め、我が家のことをほとんど知らず仕舞いで来てしまったのだ。
 だから、こうした法事の際の集まりは貴重な話の泉の場なのである(と、改めて痛感した)。

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