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2016/07/04

昔はよかった…式の発想に潜むもの

 たまーにだが、家の中を掃除することがある。時にはモップを使って、時には掃除機を使って。
 
 少々、掃除を怠ったりしても、一人には広い家なので、ちょっと見るとゴミが少ないし、乱雑な様にも見えない。片づけや掃除は、後日にしようと思ってしまうし、それほど汚れが気にならない。
 だが、実は、方々にモノを置きっ放しにする。怠惰なのである。片づけが苦手なのだ。
 家の中で、比較的頻繁に掃除するのは、玄関回りだけである。人の目が気になるのである!

 そうしているうちに、ふと、昔書いた、雑文を思い出した。縄文人は自然にやさしい暮らしをしていた。森の至る所に神を見ていた、というありがちな考え方への反論めいた小文である。

[以下、「環境考古学…勘違い ! ?」(2005/07/30)より抜粋してみる。]

(前略) けれど、稲作漁撈民は、そんなに平和的だったろうか。稲作は土地を荒らさなかったろうか。土地環境を大きく変貌させなかったろうか。土地への拘りの少ない畑作牧畜民に比べ、土地に固守するがゆえに稲作漁撈民は、畑作牧畜民に負けず劣らず、土地を奪い死守するために戦争に明け暮れなかったろうか。

 仮に、稲作漁撈民の世界が平和的であり、森と親和的であり、「森とともに生き、森とともに一生を終える。森の民はアニミズムを信じ、木、草、花、自然のあらゆるものに価値を置いた、心の受容性の高い生き方」だったとしたら、たとえば、そうしたイメージの先には日本の土地柄などが思い浮かべられているのだろうけれど(中国は、北方系の民族(遊牧民族など)との戦いに明け暮れたこともあったのだろう、森の木々が伐採され尽くして剥げ地になってしまったし)、山が荒廃したり川が生活排水で汚されたり、ゴミが勝手放題に捨てられたりしなかったはずである。

 掃除というと、箒で部屋を掃くのだが、今は掃除機が吸い取ってくれるが、昔は、掃いたゴミを部屋の隅から外に向かってサッサと掃き出していたのじゃなかったか(今も?)。蒲団をベランダに干したら、取り込む際、思い切り良く棒かテニスのラケットなどでパタパタと叩いて、ゴミ(ダニの死骸?)を外に、風に流していた(いる)のではないか。

 この無邪気ぶりに、日本人のゴミの始末の仕方の典型がある。拙いことがあっても、水に流すという発想法なのである。けれど、一昔前なら、それでも構わなかった、森などの自然に許容度があったから、ゴミを散らし放題にされても、風に散り、川に流れ込み、森や林や藪や裏庭にゴミが紛れ込んでいたのである。
 悲しいかな、我々の先人の大半は、かくのごとしだったのではなかったか。
 理想や夢と、実際に日常的にやっていた行為と混同しては拙いのではないか。

 小生が、勘違いしてはならないと思うのは、日本の土地柄というより、気候風土だと思われる。あるいは爆発的に人口が増加するに至る前に危機感を持ったこと、持つための猶予の時間に恵まれた、と言い換えるべきか。
 つまり、弥生人もそうだろうが、縄文人だって、森を大切にしたかどうか、分からないのである。そもそも、縄文時代、日本列島には数十万人が居住していたと推測されている。

 数十万人の列島人がそれぞれに勝手放題なことをやって森や川や谷や浜が一時的に傷んでも、快復の余地や潜在力の方が勝っていただけではないのか。

 森と親和して生きてきた、といった幻想に縋り、昔はよかった風な夢を描くのは、個人的には構わないが、もっと過去や現在をリアルに捉え尽くすことが、学問的には、先ずは大切なのではないか。
 桃源郷や花鳥風月は、あくまで夢であり、一部の文化人(支配層)などの幻想に過ぎないのではないか。

 むしろ、古代にあって、列島はまだ辺境の地であり、大陸の人々が渡って来る、流れてくるには、まだ眼中にはなかった(せいぜい、蓬莱伝説。理想郷や新天地というより、逃避の地)のではなかったか。弥生時代になって、年間、数百人か千人程度の渡来があって、次第に文化も遺跡のあり方も、住まう土地の場所も変化し、居住する面積も拡大していったのだろうが、それでも、列島に数百万人もいたかどうか。

 山の木を刈り倒し、川の魚を採り放題にし、浜の貝や魚を採ったとしても、海の恵みは膨大であり、列島には雨が降り、湿気があって、油断していたら、茶色に剥げた(人間が剥がしてしまった)土地でも、あっという間に苔生し、茸が生え、草が茫々と生い茂り、木々も育ってくる。

 冬に降り積もった雪が春から夏先には溶けて流れ出してくる。水が豊かという認識(実は幻想に過ぎないのだが)を持っていても許されたのだった。山紫水明。決して、我々の先人の努力の賜物のみで今に至るも国土の3分の1が森という土地柄が維持されたわけではないのではないか。圧倒的に土地柄と地政学的環境の賜物なのではなかったか。

 むしろ、たまたま残っている森や緑の野を一億の民の高度な生活水準を維持しつつ保つためには、「桃源郷はごく小さな空間で、時間も円環となって永遠に続くかと思われる。春に芽が出て、若葉になり、秋には木の実がなり……森とともに生き、森とともに一生を終える。森の民はアニミズムを信じ、木、草、花、自然のあらゆるものに価値を置いた、心の受容性の高い生き方」という発想(理想)というのは、まさにこれから生きていく我々こそがビジョンとして抱くべきなのだと思われる。

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