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2016/06/18

まともであることが幸せ…『奇形全書』

 著者は、今は(アメリカなどを除き?)なくなってしまった見世物小屋ならではの畸形を本の中ならではの方法で、これでもかと陳列してみせる。

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← マルタン・モネスティエ【著】『図説 奇形全書』(吉田 春美/花輪 照子【訳】 原書房) 両性具有、単体奇形、多重体奇形、機械人間……。コミカルで恐ろしい、だけど魅力的な感動あふれる創造の神秘、「奇形」の世界を、希少図版200点余とともに辿り、自然が生み出した「生」の真実に迫る。1999年刊の普及版。

 道端で見かけたら、道義上あるいは感覚的に目を背けるが、相手に気づかれないなら、とことん眺め尽くす。
 そして、あー、自分はまともでよかったーと、思わず安堵の胸を撫で下ろす。

 古い本なので、ネットで感想を物色したところ、「かつては宮廷や見世物小屋、映画館で会う事が出来た不思議な人達は、ユニコーンのようにどこかへ行ってしまった。「健常者」の目にふれないところへ…。私達は「普通じゃない外見の人」に出くわすと「見えない」ふりをする。「奇形?は?何ですかソレ?」という顔で。だのに眺めることが許された奇形に対しては恐ろしく貪欲だ。「こんなですけど、人生ってすばらしい!」という建前さえあれば「見てもOK」なのだ。この本は歴史上、フリークスが、どのように扱われてきたか、おおざっぱな「奇形の分類」ごとにまとめている本だが、「いろんな奇形が見たい!」という需要に支えられている部分もあるのだろう。しかしなにより興味深いのは、生まれ持った身体に由来する不思議な人生。奇形の種類以上に様々な人生は、運命というものの不思議を感じる。ちょっと食い足りない内容だが、このテーマへの入門書としては充分過ぎるだろう」という、「えめたん」さんの評が、バランスが取れていると感じる。

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→ Freaks(フリークス) (画像は、「フリークス (映画) - Wikipedia」より)

 現実には、今は中絶などの形で闇から闇へ流されていく(カトリックの国でない限りは)。
 著者は、奇形として生まれたものであっても、結婚したり、それなりの生きる意味を見出して云々と述べているが、決して偏見を広めたり、貶めようという動機で書いたものではないという、アリバイ証明のように聞こえる。

 そうはいっても、生まれてしまった奇形の人が社会の中で生きていくすべは、現代では皆無に近くなった。宮廷人の持つ独特な好奇心や見世物小屋は追放され、部屋の中で閉じこもって命の風化するのをただ待つだけ。

 それどころか、日本などは出生前診断で赤ちゃんの染色体異常を発見するなどして、そもそも日の目を見る可能性さえ奪われつつある。
 生まれてしまうことは、受難そのもの…なのか。間違いなのか。生まれてこなければよかったのか。

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← ウォレス・フォード (出演), レイラ・ハイアムズ (出演), トッド・ブラウニング (監督) 『フリークス [DVD]』(ジュネス企画) 『怪物團』とも。

 一方、著者は、生まれて以後の事故や病気、あるいは意図的な奇形(纏足など)を除き、生まれながらの奇形は、ある意味、進化の戯れであり、今もなお、人間(に限らないだろう)が、進化の途上にあるのであり、常に数パーセントの確率で、いわゆる異常なる赤ちゃんが生まれているのであり、生命が進化を遂げる以上は、防げない染色体異常の結果に過ぎないのだと、本書の末尾でほとんどつけたりのように語っている。

 だから、生まれる子供のうちの幾ばくかには、ありとあらゆる異常(心身のいずれかか心身共に)を抱えて生まれ来たし、生まれてくるし、生まれていくのだと強調する。

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→ 『センチネル』(1977) (画像は、「『センチネル』(1977)70年代にフリークス大挙出演シーンをクライマックスに持ってくるとは… 良い映画を褒める会。-ウェブリブログ」より)

 ただ、現代は、生前診断が可能なので、現代の価値観や倫理観、常識の範疇から少しでも食み出す<特徴>を持った子供は、可能性の目を目のままに葬られる運命が強まっている。
 まともであることが幸せ。まともでないことは不幸せ。どうあることがまともなのかは、問われることなく。

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← レスリー・フィードラー (著)『フリークス―秘められた自己の神話とイメージ』(伊藤 俊治/大場 正明 /旦 敬介 (翻訳)  青土社) おぞましいと排除され、珍奇として見世物に供され、逆に聖なる存在と崇められもしたフリークス。文学・美術・人文科学の諸領域におけるフリークスの顕現と隠蔽の構造を詳細に解き明かす。90年刊に続く新版。

 昔、本書(『フリークス―秘められた自己の神話とイメージ』)の存在を知って、まるでエロ本を買うかのように、人目を憚り乍ら、但し、身につまされる思いで買って、頁をめくるのももどかしく読み浸った本。真面目な内容の本だが、その分、冒頭の本のような際物的面白さは乏しい……が、そんなことはどうでもいいか。関心あるものには、手放せない本になるだろう。もう、絶版なのかな。

 今となっては、『図説 奇形全書』も出てることだし、本書を手にする人もいないだろうなー。

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