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2016/06/22

常人ならざる記憶力と共感覚の世界

 精神医学の本は、読むだに驚異の念を覚えさせられる。この十年は、オリヴァー サックス著の諸著に凝って、 『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』 (ハヤカワ文庫NF) や『妻を帽子とまちがえた男』 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) など、彼の本の大半を読んできた。

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→ 庭の夾竹桃、こんなに見事に咲くのは初めて。今年は、我が家の樹木の花が当たり年なのか。

 古くは、フロイトやユングの諸著を読み浸ると共に、マルグリート・セシュエー著の『分裂病の少女の手記【改訂版】』(みすず書房)やW.ブランケンブルク著の『自明性の喪失―分裂病の現象学』( 木村 敏訳 みすず書房)、R.D.レイン 著の『ひき裂かれた自己―分裂病と分裂病質の実存的研究』(みすず書房)などに心を揺さぶられてきた。

 W.ブランケンブルク著の『自明性の喪失―分裂病の現象学』は、「ここに登場するただ一つの症例はアンネ・ラウという女性で、睡眠薬自殺をはかり入院したのは20歳の時であった。「あたりまえ」ということが彼女にはわからなくなった。「ほかの人たちも同じだ」ということが感じられなくなったの」だった。本書を初めて読んだ二十歳前後の頃、小生自身、自明性の喪失、当たり前を当たり前と思えなくなりそうで、恐怖の念を覚えたものだ。

 あるいは、本書や患者にとことん寄り添うような、レイン 著の『ひき裂かれた自己』のような本は、投薬と外科手術とMRIが治療の主役である現代にあっては、もう、生まれないのだろう。

 何しろ、「現代においては、精神医学が発達して、かなりの精神的な病が投薬などで治療ないし対処されることが多いらしい。また、精神的な疾患などというものは、所詮は脳の先天的な異常か、いずれにしろ脳内の不具合に帰着するに違いないと見なされている」のだから。

 なんだか淋しい気がするのは、自分がとっくに時代遅れってことなのか。

 つい数日前には、「驚くべき妄想の世界を明晰に語り尽くした超弩級のドキュメント」と銘打たれた、D・P・シュレーバー 著『シュレーバー回想録』(尾川 浩/金関 猛 訳 中公クラシックス)を再読して、魂を震撼とさせられる思いをさせられたばかり

 今日読了したのは、A.R.ルリヤ 著の『偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活』である。

 出版社の情報によると、「人並みはずれた鮮明な直観像と、特有の共感覚をもつその男は、忘却を知らなかった。電話番号を舌で感じ、コトバの音から対象の意味を理解する。想像によって手の温度を変える。直観像を利用して課題を鮮やかに解決する一方で、抽象的な文や詩の理解はひどく困難。特異に発達した記憶力は、男の内面世界や他者との関わりに何をもたらしたのか」とある。
 
 記憶力がいい…。受験生などには羨ましい限りの天賦の才能。
 だが、記憶力が並外れていいってことは、なにも受験に必要なことばかりを容易に覚えられるわけじゃない。
 嫌なこと、忘れたいこと、記憶の海から追い払ってしまいたいことであって、いつまでも記憶の海に漂い続け、望まない時にも、ひょいと海面上に顔を覗かせ、当人の心を騒がせてしまうってことに他ならない。
 しかも、覚えたことはなかなか忘れないのだから、そんな記憶の膿がどんどん溜まり、化膿し、いつかは破裂することだってないわけじゃない。
 やはり、何事もほどほどがいいってことか。

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← A.R.ルリヤ (著)『偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活』(天野 清 (翻訳) 岩波現代文庫)

 まして、本書で扱われている<患者>は、上記したように、「人並みはずれた鮮明な直観像と、特有の共感覚をもつその男は、忘却を知ら」いだけじゃなく、ごくありふれた文章も、一つ一つの言葉に過去に見た記憶(の像)が出しゃばって、どんどん、言葉が勝手に突っ走り、情景が今の光景を圧倒し、ついには、何を読んでいるかすら分からなくなってしまう。
 共感覚の世界を扱う本はいろいろあるが、その感覚の世界は凡人には想像をはるかに超えて、そうしたセンスの持ち主の苦労など分かろうはずもない。
 異常な記憶力と共感覚とは、その天賦の能力の持ち主の人生をも支配してしまう。もう、ここから先は私などには語りようはずもない世界については、沈黙するしかないのだろう。

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