影のない女
オレはただただ、怖い。
何か魂胆があるに違いない。そうとしか思えない。
何一つとりえのないオレなのだ。そんなことは、もう、嫌ってほど思い知らされてきた。
今更、自分に幻想など抱かない。
オレは、幽霊のように、ダークマターのように、人の世を行き過ぎていく。
行き交う人は誰一人、オレに気づくことなく通り過ぎていく。
なのに、あの女ときたら。
オレに何の用がある。
オレに関わって、何の得がある。
行き過ぎろよ、みんなのようにさ。
袖を擦り合ってさえ、みんな、オレに見向きもせずに行っちゃうんだぜ。
影さえ、オレには勿体ないとばかりに、薄いし、怯えているようだ。影くらい、堂々と日向を歩いてみろって言いたいもんだ。
オレの気のせいなんだろうか。オレは臆病で、女の顔を一度だってまともに見たことがない。
あの日、あの街角で見た女。また別の日、丑三つ時の表通りを歩いていく女。それどころか、車のドアを開けた拍子に思わず目を見交わした女。どうしたらいいのか、分からないと嘆くように言った女。
その女たちが同じ女なのか、それとも、オレの思い込みが作りだした幻想の女なのか、さっぱり分からない。
ああ、でも、今のオレはそれどころじゃない。
オレは倒れそうだ。体のどこかが傷んでいる。
そのことを知っている人がいる。
オレが生まれて初めて、素直にオレの事情を打ち明けてしまった相手。
ナースのようなあの人は今、何処に居るのだろう。居場所など、オレに知りようがない。
疲れ果てていた。何も見えないのだ。見る勇気さえ、萎えてしまったのだ。
朽ち果てて、誰にも看取られずに消えていくオレなのだ。真昼の世界の眩しさに耐えられないのだ。だから、瞳の輝きも、オレは正視できない。
オレは一人、消えていく。もう、間に合わない。今更、どうなるというのか。
疲れ果てているのは、女のほうなのだ、という声が、眠れぬ夜の夢の中で聞こえてくる。魘されているオレの耳元で、ナイフの切っ先のような声が、オレの脳味噌に突き刺さってくる。
身も心もボロボロ。女ではなくなったわたし、という恨み節。
何もかもを曝け出して、それでも見向きもされないなんて、女じゃないわよね。
痩せ細って、今じゃ、影すら失われた女。
その女が、今でもオレを追っている。夢の躯の横たわるベッドにまで潜り込んでくる。
でも、オレには辿り付かない。
追われているなんて、所詮、オレの妄想に過ぎないのだから。
[ 本文中の画像は、「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より。]
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コメント
一昨日、金縛りに遭いました。
何かがいる気配を感じましたよ。
やせ細った女ではありません。
動物がたくさんいるみたいでした。
妹の家に行くと、こうなる気がします。
巣窟??
でも、何も語りかけてこないので怖くはないんですけどね。
投稿: 砂希 | 2016/05/07 20:39
砂希さん
金縛り体験、怖かったですか。小生は経験がありません。経験したくもないし。
でも、霊の力の強い場だと、何かしらありそうですね。
しかも、黙って、見下ろしているなんて!
何か言うのも怖いけど、沈黙ってのも、怖い気がする。
人間、恨みを買うほどに妄執の強い人だと、どこまでも執念を引きずっていくんでしょうね。
投稿: やいっち | 2016/05/10 18:51