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2016/04/26

コンプレックスの塊こそが人間

「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分一人の部屋を持たねばならない」。そのこころは、経済的自立と精神的独立(プライバシーの確保)が、女性が自律的に創作活動をするうえで不可欠だということ。だが、本書では、ウルフは、女性が男性に対抗したり反発したり敵対するのではなく、男女が共に、自分の性を意識することなく、書きたいテーマに正面から向き合うことが大切だと説いている。

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← ヴァージニア・ウルフ 著『自分ひとりの部屋』(片山 亜紀 訳 平凡社ライブラリー)

 本書は、「女性と小説」に関する著者の講演内容をエッセイとして纏めたもので、多くの文学関係女性にとってバイブルとされている名著らしいが、小生は全く初耳の書だった。
 読むほどに真っ当な主張だと感じる。
 今日(月曜日)にも読了しそう。

 女性の自立が懸命に模索されていた時代だからこその、懸命の主張だったのだろうが、ウルフの凄いところは、だからといって、女性が男性を(あるいは男性にとって女性が)反対勢力とみるのではなく、あくまで男女が共に性を意識せず、ただ書きたい、表現したいテーマに向き合うことの大切さを唱えている点。
 肩の力を抜いて、といったところか。
 
 ところで、小生、本書を読んでいて、ふと、やや飛躍した連想…妄想を逞しくしていた。
 十数年前に読んだ本のことが思い出されたのだ。
 それは、カトリーヌ・ミエ 著の『カトリーヌ・Mの正直な告白』である。
「カトリーヌ・ミエは、あたかもモダンアートの成り立ちを解説するかのように、自らの性体験を訥々と、しかし何一つ包み隠さず語っていく―処女を失ってからほどなくして乱交パーティやスワッピングの常連となり無数の男性と関係を持ったこと。場所や時間、性別に束縛されることなく奔放なセックスを求めたこと。ありとあらゆる体の部位で快感を追求してきたこと」といった内容だが、男性だと、女性遍歴を重ねる人は少なからずいるし、そのことを自慢する人もいる(ようだ)。
 だが、仮に女性が男性遍歴を重ねるとしたら、それは淫乱女と見なされ、社会的には抹殺され、しかるべき場所へ追いやられる。
 かつては、そうだったようだが、現代ではどうだろう。
 日本では今でもあまり変わらないようだが、フランスなどは事情が異なる…らしい。

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← カトリーヌ・ミエ (著)『カトリーヌ・Mの正直な告白』(高橋 利絵子 (翻訳) 早川書房) 

 本書については、拙稿である「読書拾遺『カトリーヌ・Mの正直な告白』」(2005/12/08)にて多少のことを書いている。
 一部だけ、転記する:

  

(前略)
 その意味では小生に最後まで一応は読ませたのだから、凡庸な内容ではない。というより表現力だろうか。ほんの時折だが、タイトルにあるように、彼女の告白の正直さ(決してえげつなくない。徹底して正直で率直であろうとしているから)が形而上的高みに届くかのような叙述に出会うことがある。
 快感とか興奮も悲しいかな人間は薬物でも使用しない限り、病的ならざる凡人は持続できない。すぐに新しい刺激を欲する。喉が渇く、呑みたい、性において渉猟的であれば(形の上では受動的な風を装っても、それは呼び込み誘う手口に過ぎない)、水呑み場はすぐに見つかる。特に若く醜くない女性であれば、草刈場は至る所、至る時に存在する。

 呑む。呑まれる。飲み干す。吐き出す。その繰り返し。飽きることはない。時間が浴びるほどに呑んで、うんざりしたはずの水を新鮮な泉に変えてくれるからだ。
 ただ、文章にすると、同じことの繰り返しに映ってしまう。せいぜい、こんなきわどい状況でセックスした、こんな意外な人とやった、こんなアングルで試みた、そんな意表を突く(かのような)場面を次々と展開してみせるのが凡俗なH小説の常道手段であろう。
 本書をとことん退屈させるまでに至らせなかったのは、数少ない書き表現し尽くす営みこそが持つ、あるいはそんな営為を徹底して初めて書き手にさえ気づかせる、格別な叙述に出会うからなのだろう。

 男女共に自立するってのは、なかなか難しい気がする。人間には偏見も含め、コンプレックスがある。というか、コンプレックスの塊こそが人間なのではなかろうかと思えるのである。

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