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2015/09/04

文庫版「物質的恍惚」を入手したのは

 バシュラールには何か、形そのままに残したい守りたい至福の時空間=真理 があるように感じられる。その至福の次元を実現させるものは詩に他ならない と彼は考えている。

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← ル・クレジオ【著】『物質的恍惚』(豊崎 光一【訳】 岩波文庫) 出版社の内容説明によると、「既知と未知の、生成と破壊の、誕生前と死後の円環的合一のなかで成就する裸形の詩。「書くこと」の始原にして終焉の姿」とか。本書が新潮社より刊行された単行本で若き日に読んだ。掴みきれないままに。今も単行本を所蔵しているが、車中で読むために敢えて文庫本を入手した。 (画像や情報は、「紀伊國屋書店BookWeb」より)

 その詩とは、単なるイメージ(我々が思う、ただのイメージに過ぎないとい う時のイメージ)ではなく、物質としての詩的イメージの世界なのだ。バシュ ラールの言葉を借りれば、詩的想像力、さらには物質的想像力によって実現さ れる現実の時空なのである。

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2015/09/02

ボラーニョ 著『2666』と映画「ボーダータウン 報道されない殺人者」

 先月より、ロベルト・ボラーニョ 著の『2666』(白水社)を読み始めている。
 この大部の小説の主な舞台は、メキシコのサンタ・テレサである。

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← ロベルト・ボラーニョ 著『2666』( 野谷 文昭 やく /内田 兆史/久野 量一 訳 白水社) (画像は、「2666 - 白水社」より) 「現代ラテンアメリカ文学を代表する鬼才が遺した、記念碑的大巨篇」だとか。ラテンアメリカ文学は、依然として輝いている。読み始めて数日。ようやく300頁を越したところ。いよいよ、異常な犯罪多発を扱う章に入る。カバー画は、ジュール・ド・バランクール

 サンタ・テレサなる町は、いろんな国にあるのだが、小説の上ではメキシコ北部のアメリカとの国境を接する街とされているが、架空の町である。

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2015/08/31

夢にテレビ番組の影響が

 夕べというか、目覚めたとき真っ暗だったので、あるいは 未明だったかもしれない。
 また、奇妙な夢で目覚めた。
 動物に絡む夢。女でないのが残念。
 目覚めた瞬間、夢の大半は潰え去った。最後の場面が辛うじて、記憶の片りんとして残っていただけ。

(夢では、何か長い前段の場面があったようだが、忘れた。いつしかオレは)どこかの部屋、あるいは檻を目の前にする空間にいる。

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2015/08/30

旧作を読み返して

 この数日、旧作の数々を読み返す作業をしていた。
 特に、『化石の夢』などに収めた作品は、思い入れだけは深い。
 けれど、ツイッターでも呟いたのだが、「かなり生硬な表現。技術が磨かれていない。観念ばかりが先走っている。あるかもしれない詩情が抽象的過ぎる表現に埋没している」という評言に尽きる。
 当時、数年前から特に美術館通いでのテーマであった、抽象表現主義関連やアール・ブリュットの作家や作品の数々への思い入れ、さらには、素粒子物理学関連の著作を読み浸っての、生半可な知識に引きずられているのがあからさまである。

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