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2015/12/01

腹痛、再び

 ふと目覚めた自分がいた。小さな灯は灯してある。脇にある時計を見ると、6時55分を指している。

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 寝入ったのは何時だったか。布団に入ったのは夜中の三時過ぎ。ポール・オースター著の『最後の物たちの国で』を寝床で読みかけたが、ほんの十頁も読まないうちに寝入ったようなので、三時半には夢の中か。

 ってことは、三時間半余りしか寝ていないことになる。
 ふむ。トイレに行きたいという感覚がある。おしっこ。
 おしっこをしている最中に異変を感じた。
 左下腹に鈍痛を感じるのだ。

 便意ではない。気になりつつも、ベッドへ。何しろ、まだ四時間も寝ていないのだ。もう少し惰眠を貪らないと。
 が、眠れない。眠れないどころか、下腹の鈍痛がますます強まってくる。もう、これは一時的な異変では収まらない雰囲気。

 便意のサインなのかもしれないと、それほど、大を出すむずむず感はないのだがトイレへ。
 やはり、便通はない。だが、トイレに座ったのがまずかったようだ。お腹への圧迫が下腹部の痛みを増長させるようなのだ。まずい、このままではトイレの中で、何時間も身動きが取れなくなりそうだ。それこそ、今夏の二の舞になりそう
未明の腹痛」(2015/08/10)

 お腹はシクシクというか、ちょっと突くような痛みが強まったり弱まったり。姿勢で多少は強弱が変わる。いずれにしろ、下腹への圧迫が続く限り、痛みも増悪する一方なのは、自分なりに分かる。
 その強弱の波のやや下がったところで、思い切って寝室へ向かい、ベッドへ転がり込む。
 輾転反側。仰向けは苦しい。体を右側を下にして横たわると多少は痛みが緩和されそう。というか、痛みのクレッシェンドが弱まる。

 左側を下にして横たわると、すぐ姿勢を変えたくなる。やはり、左の下腹の中のどこか、大腸か小腸か、それとも虫垂か盲腸が痛みの患部らしい。
 ベッドの中でどれほど痛みの遠ざかるのを待ったことか。甲斐がなかった。
 トイレの中も嫌だが、ベッドの中で、痛みを堪えきれず、お尻の穴の筋肉がつい緩んで、小じゃなく、大のほうが漏れ出したりしたら最悪だ。

 今度も痛みの強弱の波の、一瞬の凪の時を狙って、寝室を出て、居間へ。リクライニングもあるし、エアコンもある。部屋を暖め、リクライニングのホットマットをも温めて、リクライニングに体を埋める。
 とにかく、下っ腹への圧迫という事態をできるだけ避けるような姿勢を取るようにし、体の異変の収まるのを待った。でも、収まる気配はない。

 病院へ行くべきか。救急車を呼ぶほどの激痛ってわけでもない。が、自転車は論外として、車を運転して行く自信もない。行く途中で痛みが堪えきれなくなりそうだ。
 それに、座るってことは、大のトイレと同じでお腹への圧迫という避けるべき事態が生じる。
 とりあえず、行きつけの病院へ行ける体制だけは用意しておこうと、保険証をテーブルに。

 お腹への圧迫をどうやったら、少しでも減らせるかと、リクライニングから起き上がって、テーブルに両手を突いて、体を立たせてみる……が、ダメでやはりリクライニングチェアに体を沈める。
 その繰り返し。

 気が付けば、午前十一時。もう、四時間以上、こうしている。どうしたものか。無理を承知で行き着けの病院へ行くか。そういえば、昨日、仕事で失敗ばかりした。体の異変のせいだったのかもしれない。
 けど、会社では誰一人、体の心配をする人はいない。ただ、自分が愚かで不注意だから失敗するのだと、責める人ばかり。

 どうしたの、体でも悪いの? なんて声をかける発想の浮かぶ人間は会社にはいない。
 前日からのバイオリズムも悪くて、ほとんど眠れないまま、その日、出勤したので、頭がずっとボーとしていた。
 その遠因がやがて自覚に至ったのは夜中過ぎ(未明過ぎ)となったが、実はこの下っ腹の異変にあったのかもしれない。

 午前十一時がついには、正午を回っていた。その頃になって、ようやくついうとうとするようになった。それまでは痛すぎて眠るどころじゃなかったのだ。少しは眠りに陥ることの可能なほどの痛みに和らいだのか。
 そうして、次に気が付いた時には、時刻は午後の一時半を回っていた。……特にこれというほどの自覚症状がない。

 それより、空腹の感のほうが強い。食欲があるってことか。恐る恐るリクライニングを離れて、台所へ向かったが、立っても、おなかへの圧迫で痛みがぶり返すとか、痛みが増すということもないようだ。
 一応は、回復したのだろうか。
 空腹感があるからって、下手に食事を取ったら、胃への負担となり、腸への負担となり、下腹部痛がぶり返すのではないか……。
 でも、腹が減ったという、飯への欲望には勝てない。
 食事の用意、テレビをオンにする。食事をする。何もない…ようだ。食べ物がお腹に入ったことが患部への刺激や痛みへの契機になるような気配もない。
 午後の二時過ぎには、外出しようかなという気にもなれた。

 今朝未明、帰宅したら、近所からの訃報のチラシが入っていた。調べてみたら、父の葬儀の際に、会葬されていた方。だとしたら、葬儀へ向かわないといけない。
 が、つい先日、親戚の葬儀へ行ったばかりで、喪服はクリーニングに出したばかり。
 体調も心配だし、喪服もないし、香典をその家に持参し、挨拶だけしてきた。生前、父が故人と同じサークルに入っていたらしい。香典を出すのは、せめてもの誠意だろう。

 ということで、買い物へも自転車で行けるほどに回復した。
 が、原因が分からないままなので、いつ、再発するのか、不気味だし、不安でもある。8月の例もあるし
 そう、1997年の黄疸という前科もあるのだし…。
 やはり、いくら治ったとはいえ、病院へは行くべきだろうか。

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コメント

夏に続いて二度目ですか、それも激痛ですね。慢性疾患として優秀な内科医師なら上手に診断できると思います。小水に付随しているとなると、膀胱とか、腎臓とか?盲腸は右ですよね。

一度医者に行かれると良いかと思います。炎症類ならば薬等でおさえられるのではないでしょうか。窺い知れる生活習慣からすれば可成り色々な慢性病になる可能性は高そうですから。

投稿: pfaelzerwein | 2015/12/02 17:01

pfaelzerwein さん

お恥ずかしい限りです。仕事柄、不摂生な生活の結果、自業自得でしょうね。
自分なりに気を付けているつもりですが、今の組合役員の任を解かれたらゆっくり養生です。
でも、心配なのは事実。今は、行きつけのお医者さんがいるので、その方に相談できそうです。

投稿: やいっち | 2015/12/03 21:38

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