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2015/12/05

何処へ行ったらいいがけ?

 過日、変わった…お客さんを乗せた。
 無線で向かった先では、高齢の婦人が待っていた。杖を突いてやっと歩く。足元が危ないので、肩やら腕やらを貸して車へ。
 何とか無事、乗っていただいて、さて、「どちらへ云々」と尋ねると、婦人は、とんでもない返事を返す。
「わたし、何処へ行ったらいいがけ…」

 一瞬、事態を理解できなくて、言葉に詰まりそうになったが、再度、「あの、行く先を仰っていただかないと…」と話すと、婦人はやはり、「わたし、体が急に不自由になって」とか、「昨日まで大丈夫だったのに、突然、体の自由が利かなくなって」とか、「体が不都合になって、粗相をして、漏らしてしまった」云々とか続ける。
「こんなわたし、何処へ行ったらいいがけ」

 途方に暮れるしかなかった。こっちが聞きたいくらいなのだ。

「何処へって言われても」
「何処か、しばらく置いてくれるところ、ないがかね」とか「行くところ、ないがやちゃ」とか。
 小生は咄嗟のことに、何のアイデアも浮かばない。こちらこそ、何処へ行ったらいいのか、教えてもらいたいほどだった。
「中央病院とか、どこか」なんて婦人は呟いておられる。
 病院へ行って、どうしたらいいのか、どう案内したらいいのか。

 幸いというべきか、車は会社の近くだったので、会社(営業所)へ向かった。そこには、お客さん用の待機所(待合室)がある。ソファもあるし、寒風の雨の中、ドアで閉じられた狭い空間だが、それなりに暖房もある。
 知恵の浮かばない小生は、営業所の係員らの知恵を借りることにしたのだ。
 車のリアシートには、おしっこの匂いが。浄化スプレーを散布するも、依然、怪しい匂いが漂ってくる。
 小細工は止め、リアのシーツを交換することに。あとのお客さんに迷惑をかけるわけにいかない。
 この方は、体がやや不都合になってきたようだが、受け答えはそれなりにできる。
 
 そういえば、昨年だったか、路上で手を挙げた、やはり高齢の紳士を乗せたことがある。
 その方も、「行く先を忘れてしまって」ということで、彼の口にする言葉から会社(営業所)の近くのようなので、余儀なく会社(営業所)へ。
 認知症の方だったろうか。

 さて、これは私事なのだが。
 今日、昼間だったか、リクライニングチェアで寝入っていた小生、ようやく起き上がる元気を回復した。昨夜は月末の金曜日ということで、夜半過ぎまで忙しく、帰宅もいつもより遅く、寝入った時間は未明の四時ころ。
 朝方、ベッドを抜け出し、居間(茶の間)へ場所を変え、リクライニングに体を預けたのだった。
 そう、昼頃というのは、二度寝からの目覚め。
 夢で目覚めた。それも、悲しい夢。
 
 私は、何かのイベントがあって、みんなと何処かへ向かった。
 それは実務的な目的があっての集まりなのだった。
 が、私は、何故か勝手に、独りよがりの想いに駆られていた。
 それは、あの人に会える、そこへ行けば、あの人が現れるという思い。思い込みであって、何の根拠もないのだが、とにかく、あの人にようやく、何年振りかで会えるはずなのだった。
 確信があった。根拠のない確信、思い込み。でも、そうでなければならないのだった。そんな気持ちを周りの誰も知る由もない。
 …が、逢えなかった。逢えるはずだったのに、逢えなかった。
 私は、絶望的な気分に陥った。

 イベントが終わり、みんな三々五々帰途についた。わたしも。
 だけど私は、悲しみを堪えるのにやっとだった。目から涙が溢れそうだった。目が滲んできた。そんな無様な姿を誰にも見られたくなかった。みんなに顔を背け、俯いて、足を速めた。
 嗚咽したかった。誰もいなかったら、思いっきり泣いていただろう。
 まるで逃げるようにしてみんなから遠ざかった。

 目覚めた時も、目が充血していた。泣き腫らした目だと分かる。世界の中でたった一人の自分。誰一人、思いを分かち合う人のない自分。
 何処へ行けばいいのか、何処に居たらいいのか。行く宛などない。生きる意味も見失っている自分……。

 さて、例の「わたし、何処へ行ったらいいがけ…」という婦人の哀れな姿が影響したわけではないと思うが、ただ、「何処へ行ったらいいがけ…」という惨めな思いだけは同じだと感じたのは否定できない。

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コメント

中島京子の『長いお別れ』では、一人で出かけた老紳士が帰って来られなくなるところから認知症が始まります。
そうか、突然忘れていくんだな、と思いました。
職場のPCのログインIDを忘れることはしばしば。
いつどこでどうなるか、自信がないですね。
リアシートを汚されては困ります。
人に迷惑をかけないように年老いていきたいです。

投稿: 砂希 | 2015/12/06 20:04

砂希さん

先が見えないでいます。
目的を失ったわけじゃないけど、会社にへきえき。
でも、諦めないで頑張るけどね、組合活動。

全てを失ったわけじゃない。
世界は広い。自分という人間はちっぽけだけどね。
コップの中の嵐を今、自分が演じている…そう思っています。
先のことは分からないし。

投稿: やいっち | 2015/12/08 21:42

こんばんは。
「わたし、何処へ行ったらいいがけ…」とは何か悲しい話ですね。明日は我が身かも知れません!

投稿: シゲ | 2015/12/12 22:47

シゲさん

明日は我が身です。
認知症にしても、周りに家族などが居れば、気づいてもらえるかもしれないけど、一人暮らしだと、どうなることやら。
忘れること、忘れていたことに、あとで気づいて悔やむうちは、まだ大丈夫なのでしょう。
問題なのは、忘れたことすら気づかなくなること。こうなると、一人(自分)では、処置なしですね。

投稿: やいっち | 2015/12/14 16:55

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