蓑虫
自分が融けていく。
固い殻に自分が守られているはずだったのが、 気が付いたら殻が裂けてしまっていた。
中身たる己が、ドロドロの粘液以外の何ものでもなく、その液体が外界へと漏れ出し始める。
↑ 絵画錬金術師ドクターカオス作「まさに狂気だ彼は現代美術をノコギリでバラバラに解体するつもりなんだ」( 11月23日) ホームページ:「 小林たかゆき お絵かきチャンピオン」)
逆に外界の剥がれ飛んだ浮遊塵が、瘡蓋の中の肺腑に浸潤し、世界は輪郭を失ってしまったのだった。ちょうど砂嵐状態のテレビ画像のように。
私は、その頃から、他者と区別する形も、他者と境界を画する敷居も見失い、 私は道端にだ らしなく転がる古びた自転車か、それともブロック塀の脇に投げ捨 てられた空き瓶になった。
否、空き瓶から剥がれ落ちそうな薄汚れたラベルなのだと気付いたのかもしれない。
世界の中のあらゆるものがとんがり始めた。
この私だけが私を確証してくれるはずだったのに、世界という大海にやっとのことで浮いている私は、海の水と掻き混ぜられて形を失う一方の透明な海月に成り果てているのだった。
蓑虫ですらなくなり、やがて形を失ったのだ。
ならば、一体、この私の存在を確かなものとしてくれるのは、何なのか。そもそも何かあるのだろうか。
私は裏返しになってしまい、呆気なく消えてしまった。
残ったのは影でさえない。 あるのは吹きすぎる風。湖面の細波。車に噴き上げられる塵埃。落ちることを忘れた黄砂。 消しきることの出来ない半導体のバグ。磨きたてられた壁面の微細 な傷。白いペンキで上塗りされたトイレの落書き。
どこに私がいるのだろう。それとも、そのいずれにも私がいるのだろうか。
(「ヴォルスに捧げるオマージュ(2)」(01/12/01)より)
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