チタンの悲しみ
真っ白い世界に一人いるようだ。
やたらと広い世界。
→ 99.999%の高純度を持つチタンの結晶。目に見える金属組織を持つ。 (画像は、「チタン - Wikipedia」より)
大声を出しても、そよぐ風ほどの慄きも掻き立てない。
真っ白い…だけど、真っ黒でもある。
いろんなものが見えている…だけど、ボクの眼には何も映らない。
すべてが素通りしていく。まるでボクって奴が存在していないみたいに、何もかもが通り過ぎていく。
探そうと思えば何だって見つかりそうな気がする。この世界は、まるで巨大なスーパーかデパートのように、それこそ、なんでもござれだ。
ただ、ボクの欲しいものだけがない。店員も、次から次へと、手を変え品を変え、ボクにどうですかと差し出してくれるのだけど、ボクは、木偶の坊みたいに突っ立っているだけ。
しまいには、誰もかれも呆れ果てて、もう、ボクの相手をするのは無駄だとばかりに、もっと生きのいい相手に移っていく。
ボクだって、そのほうがいいって思ってしまう。
ボクは、風の前に突っ立っている。風が唸っている。耳を劈くような音が鳴っている。
なのに、無音の淋しさはどうだ。
喧噪の極みの沈黙。誰もがいるのに、逢いたい人は見つからない。逢いたい人がいるのかどうかも分からない。
風が、空気が通り抜けていく。風さえ今じゃ、ボクのことは無視なのだ。
無数の細胞たちがもう形を保つのが面倒だとばかり、粘液を枯渇させ、風の前の砂の家のように、あるいは土の人形のように、干からび、粒子が一つ、また一つと吹き去っていく。
砂山のような心。淋しいくせに、その淋しささえ、感じるのを忘れてしまった。心さえ、見放してしまったのだろう。
形を保つ意味がなくなっている。ボクって何だろう。
ボクって、砂の塊……だったのかもしれない。
じゃ、今は何なんだ?
粉々になった心を一粒一粒と拾い集め、散り散りの欠片たちを懸命になって掻き集め、人の形にしようと、ボクは必死だ。
形に命を吹き込まなくっちゃ。雷様に落ちてもらおうか。一喝してもらおうか。一瞬くらいは、ドキッとするだろうか。ほんのひと時でも、ボクは目覚めるだろうか。
雨が降れば、ボクだって濡れて、少しは潤うだろうか。水の力を借りたら、ボクは息を吹き返すだろうか。
雨だれの一滴が、あんなにも豊かに見えた、あの日のボクは何処へ消え去ったのか。
それとも、最初からボクなんて生きていなかったのか、生きていないという事実に今になってやっと気が付いたってわけだろうか。
まるで凍てついた宇宙を彷徨う命の欠けらたちの喚き声のように、金属的な孤独。
傷つくことの決してない、誰とも交わることのない孤独。
自分でさえ持て余している、チタンの悲しみ。
そんなものを胸に空洞のように抱え込みながら、ボクは、それでも、いつまでも彷徨い続けるに違いない。
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