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2015/08/22

GPS装置と無線配車

 小生はタクシードライバー歴が通算で16年目に突入している。
 一応はベテランの域に入るのかもしれない。
 一応は、というのは、東京でのタクシー歴が12年と3か月、富山でのタクシー歴が3年と半年、その合算なのである。

 富山では、流し営業もあるが、無線配車が基本。というより、このほうが圧倒的である。
 東京時代は、流しオンリーで、無線での配車は一度あるかないか、である。
 流し営業にすっかりなじんでいる小生は、富山での無線仕事に戸惑ってばかりだった(今も)。

 何に戸惑うことが多いかは、おいおい語るとして、東京時代の流し営業では、フリー感を味わえたことが大きかったから、営業のスタイルのあまりの違いに苦しんだのである。
 そもそも、タクシードライバーを考えたのは、サラリーマン生活にへきえきしたから。タクシー稼業は、一旦、営業所を出たなら、どこでどういう営業をしようが、会社(営業所)はトラブルなどがない限り、関知しない。

 それは、GPSなんて装置がなかったことも大きい。

 会社は、自社のタクシーであっても、どこを走っているかは、一切、わからない。
 ドライバーが各自、得意のエリアを見つけ出し、独自のスタイルやノウハウで営業するので、一定の売り上げが上がり、トラブルを起こさない限りは、ドライバーに干渉することもない。

 まさに、ドライバーの自己管理の世界であり、小生も、午前の10時ころ出たら、ずっと走り続け、夕方近く、お気に入りの定食屋さんで食事をし、所定の休憩エリアで一時間、仮眠をとる。タクシーの稼ぎ時である夜中に眠気が来ないように、という意味もあるので、休憩(仮眠)はしっかり取る。むろん、会社から眠らないで仕事しろ、ってな無線が入ることもない。

 丑三つ時が過ぎるころには営業のピークが過ぎ、明け方前の三時前後には、お目当てのソバ屋さんで、天そばやら天ぷらうどんなどを賞味して、一日の疲れを癒す。よく働いた自分へのご褒美の意味もあるが、それ以上に、帰宅して寝入る前に何か食べて、すぐに寝てしまうという事態を避けるためでもある。

 四時過ぎから五時前に帰庫し、納金などを済ませ、六時前に帰宅、テレビなどを見るともなしに見て寝入る、というパターンが可能だった。
 また、そういうリズムやパターンを死守していた。
 要するに、仕事のリズムやパターンを自分で作り出せたわけである。

 それが今ではまるで違う。

 東京は大都会であり、流し営業が成り立ったが(小生は、上記したように、流し以外の営業は経験がない)、富山は、週末の夜以外は、流し営業は成り立たない。一応は、空車の際に、路上に手を挙げてくれる人を目を皿にして探してはいるが、日中などはまず路上に立つ客に恵まれるのは、皆無に近い。
 となると、頼りは無線である。車にはGPS装置がついていて、会社は車がどこを走っているか、常時、把握している。客の無線配車依頼が入れば、一番近いドライバーが呼び出され、配車が指示される。

 車にはドライブレコーダーが付き、そのうえ、GPS装置である。東京時代とはまるで営業の性格が違っている。
 富山(などの地方)では、駅やホテルなどで客待ち待機していても、あるいは、交通の障害にならない裏道に止めていようと、常に無線配車の通知に神経を尖らせている。
 運転手は、仲間とおしゃべりしていようと、一服していようと、神経は無線(や電話)を取り損ねないよう、神経は昂ったままである。

 営業所での待機だと、自分が聞き損ねても、誰かが(配車室の担当者など)が叱りつけ、配車を指示する。
 一方、外だと、自分がトイレなどで無線をとるタイミングを逸すると、ほかの車に仕事が回されてしまう。
 運転手は、いい仕事がほかの人に取られるのではと、疑心暗鬼だったりする(無線配車室のオペレーターは、顧客から配車の依頼の電話があった際、さりげなく行き先を聞く。中には遠距離の仕事もある。オペレーターと特定のドライバーとの人間関係で、依怙贔屓で仕事を回す……ことがあるのではないか、という疑心暗鬼など。この話題については、稿を改めて書いてみたい)。

 しかも、GPS装置は自動日報と連結しているし、走行記録がすべて残っている。
 後日であっても、客などから苦情があったら、会社は当該の日時のGPSのデータをピックアップし、どこで乗せ、すぐにメーターを入れたか、その際、迎車ボタンを押したか否か、どういうルートを走り、どこで下したか、目的地に到着したらすぐにメーターを切ったかが細部に至るまで確認される。

 当然ながら、どんな些細なミスも許されない。
 ドライバーは常に監視される立場にある。営業所の人間がミスしても、内部の問題で終わるかもしれないが、ドライバーのミスや素行は顧客との関係の問題でもあり、徹底して追及される(むろん、ドライブレコーダーの記録と相まって、ドライバーに落ち度がないことも判明し得る)。

 東京でのタクシードライバー時代、流しが可能で、営業のペースも自己管理が可能だったと書いたが、では、今改めて東京で同じような営業が可能かというと、怪しいものである。
 なぜなら、今はカーナビにGPS(そのほか、カードリーダーに自動日報などなど)が当たり前の時代なので、富山と同様、会社に車がどこをどう走っているか常時把握されていて、随時、無線が入る可能性があり、昔と同じような営業が可能とは思えないのだ。

 無線で仕事が入る。こんなありがたいことはない。会社が営業をしてくれるのだから、文句のつけようがない。
 また、無線配車だと、例えば、雨の日や何処かのホテルで催事が終わり、タクシーを待つ客がどっと溢れるという場合、駅などに待機している車を回すなど、効率的な配車が可能になる。
 これは、ドライバーにもだが、会社にも客にもメリットが出る。
 このメリットはバカにならない。

 ただ同時に、常時自車の所在が把握されていることに伴って、タクシードライバーにとっては、神経が休まる時がない、仕事の自己管理が難しいというのも、その反面としてあることは否定できない。
 なかなか微妙な時代である。

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