息をする
とてもじゃないけど、一分だって持たない。
息が苦しくなる。息が…じゃなく、胸が痛くなる。
もう、死にそうなほど苦しくなって、ハーハーと喘いでしまう。体がジタバタしちゃう。
息をしないではいられない。じっとしているだけじゃ、息を変則的にスーハーするのも難しい。
この頃、息が喉に詰まることがある。喉じゃなく、気管支ってところで迷子になっている。行き止まりにぶち当たったみたいだ。息が蜷局を巻く。喉の辺りで、ただならぬ緊張感の漲る凪の時が続く。
そうして、一気に、そう、雪崩を打つように、あるいは堰き止められていた流れがどっと溢れ出すように、息が喉を突き破り、口をこじ開け、肺と大気が直結しそうになる。全てが呑み込まれて、自分さえ、真っ赤な闇に呑み込まれていく。
肺胞の一個一個を垣間見る。空気が、酸素が粟粒となって、肺胞に雪崩れ込もうとする。
でも、微細な黒い繊維が突き刺さっていて、肺胞はとっくに壊死している。
タールで蓋をされたみたいに、真っ黒に成り果てている。
時折、原油の湧く最中に生ずる黒い泡のように、ボコ、ボコと盛り上がってくる。泡が割れて空気の名残りが霧散する。行き場を失っている。
放棄された坑道。所どころ天井が崩れ、道が曲がりくねっていて、どんな灯りを投げてみても、見通すことはできない。空気がデコボコの壁面にぶつかり乱流となり粉塵を巻き込んでどす黒い雲となる。
息も絶え絶え。風前の灯。窒息寸前。虫の息。
突然、洞窟の奥に漆黒に輝く女体を観た。眩しいほどに光っている。観音様?
ああ、幻を見るようじゃ、死の時が迫っているってことだろう。
観音様はオレの手を引っ張っている。洞窟の奥へと。迷妄の底へと。そう、奈落の底へと。息のできない苦しみが、一瞬、消え去ってしまった。
あるのは、滑らかな、一つも棘のない柔肌。オレの体を切り刻むこともない。
そうか、観音様の肌が黒光りしているのは、オレの血糊をたっぷりかぶっているからなのか。
これが俺にとっての愛欲の果てってことなのか。
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