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2015/06/09

紫陽花ばなし?

紫陽花ばなし?

 何故かこの頃、また沈丁花の花のことが気掛かりでならない。つい先日、「沈 丁花」というタイトルの掌編を書いた。沈丁花に絡むエッセイを書こうと思った ら、春先の花で、季節外れだということに気づき、書くのはやめたのだけど、何 かしら花に絡む幾許かを書かないと気が済まない。
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 それで、江戸の敵を長崎での伝で、エッセイがダメなら掌編だ、というわけで ある。その時には、春四月にタイトルも同じ「沈丁花」という掌編を書いている ことなど、すっかり忘れている。コメントを寄せてくれた方の指摘で気が着く始 末だった。

 沈丁花。小生のように花音痴ではない方なら、ああ、あの花かとすぐにその姿 を思い浮かべられるだろう。その花の印象も持たれているに違いない。が、小生 は違う。自然の風物に決して鈍感というわけではないと思うのだが、しかし、例 えば花の名前にしてもなかなか覚えないというのは、口先はどうであれ、実際の ところは愛情がないということなのかもしれない。
 人の顔や名前を覚えないというのも、人間への愛情に欠けるところがあるから というし。まあ、どこまで愛情の有無と、対象への関心や知識と結びつくのかは、 小生には分からないのだけれど。

 さて、ところで、小生はどうして沈丁花に拘ってしまうのだろう。上記したよ うに名前は知っていても、ネットなどで画像を確かめないと、これなのかと分か らない小生なのだ。これじゃ、人前で沈丁花の花が気になってね、なんて、言え るはずもない。
 気になってね、なんて言いながら、目の前の垣根越しに咲き誇る沈丁花をボン ヤリ、素通りってこともありえないではない。というか、過去に幾度もあったの だろう。それなりに綺麗な花だな、とか、あるいは地味な花だなとか、でもこれ だったら紫陽花のほうがもっと情緒が感じられるなとか、そんなことを思うくら いのものである。

 下手すると、小生は沈丁花の花を眼前に見ながら、へえ、春先に紫陽花か、地 球温暖化の影響がここまで来たのか、なんてしたり顔で思いかねない。さすがに 紫陽花というと梅雨というバカの一つ覚えみたいな連想程度は働く小生なのであ る。
 それなのに、眼前の花を行き過ぎてしばらくしたら、紫陽花の画像と沈丁花の 画像とがごっちゃになり、やがて区別が付かなくなり、そして忘れ去っていく...、 はずなのである。
 自分でも何故、沈丁花に拘るのか分からない。
 気になってならない。そこでここで少しだけ、自分なりの分析をしておきたい と思う。
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 それでも、謎を解きほぐすヒントくらいはある。
「風の盆恋歌」「天城越え」「滝の白糸」「能登半島」「津軽海峡・冬景色」な どのヒット曲で知られる石川さゆりの歌に、「沈丁花」(東海林 良 作詞 / 大 野 克夫 作曲)がある。手元に歌詞カードも何もないので正確な歌詞を書くこと ができない。
 なんでも、

 降りしきる  雨の吐息に
   濡れて傾く 沈丁花

 あなたといても何故か淋しい(さびしい)
 夜更けの裏通り


 そんな歌詞などを思い出す。曲もいい。曲のタイトルに似合った何処か寂しげ な、でも、夜の雨に祟られながらも懸命に叶わぬ、実らぬ切ない恋心を表現した 素敵な歌で、石川さゆりの曲の中でも好きなものの一つである。
 思うに、今年の春に沈丁花という石川さゆりの歌がラジオから流れた、そして 小生が運良く耳にすることができたのだと思う。つい先日も、ラジオで石川さゆ りをゲストに迎えての番組があり、その中で沈丁花を聞く機会に恵まれた。だか ら、せっかくなのでせめてエッセイをと思ったが、季節外れなので心を鎮めるた めもあり掌編を書いたという筋書きである。

 さて、この曲が発売されたのは、1978年の2月25日である(ちなみに小生の誕 生日の前日。念のために断っておくが、生年は78年よりちょっと前である)。
 小生は78年の3月に無事、大学を卒業した。2年ほど余計に勉強して。友人達 は4年とか5年で卒業するか退学し、友達は一人もいなくなっていた。
 3月末には上京する決心を固めていたので、2月のはじめ頃は、引越しの費用 を稼ごうと、アルバイト探しをするはずだったが、生れて初めてというような風 邪を引いた。
 小生は風邪を引いても自宅で寝て直す。直るまで寝る。薬は飲まない。布団を 被って、ひたすら寝る。ひどい風邪であっても、大概は二日も寝れば峠が越える はずなのだ。
 なのに、その時の風邪は、最悪の症状だった。寝たきりになり、一週間を経過 しても直らず、ほんの少し加減が良くなったかなと、食べるものもないし、近く のスーパーへ買い物に行くと、その帰りにはまた風邪がぶり返し、帰宅した頃に はぶっ倒れてしまう、という状態だった。
 無理して起き上がって、即席ラーメンなど作るのだが、まさに蝋の味で、二口 と食べられない。そのまま精も根も尽き果てて寝入る始末だった。
 一ヶ月も寝込んだろうか。 それでも起き上がることはできるようになり、上 京のためのカネを稼ごうと、バイトを探した。それがよせばいいのに土方仕事。 小生は、体を使う仕事を極力選ぶのが常だったのだ。何処かの工事現場でコンク リートを作るための石灰の入った袋を一階から木の板で組まれた足場を現場まで 運ぶ仕事だった。背中に担いで、あるいは猫車に数袋を乗せて。が、体が言うこ とを利くわけがない。アルバイトがあんなに辛かったのは初めてだった。
 そんなこんなで、バタバタしているうちに誕生日を迎えた。いつも通り、一人 きりの誕生日。ちょうど、そんな頃に石川さゆりの歌「沈丁花」が発売されてい たことになる。
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  しかし、これでは、話が半分以下である。
 実は、小生は大学入学当初は下宿生活をしていた。その下宿仲間に大学は別だ が同学年のA君がいた。ボランティアで活動したりする明るい気さくな奴だった。 最初の1年ほどは、小生の仲間らの背伸びした読書などに引き摺られたりして、 彼なりに小難しい本を読んだりしたが、やがてついていけなくなり、精神的なパ ニックに陥ってしまった。誰も寄せ付けず、彼の郷里から彼の姉が急遽、やって きて、やっと彼も落ち着いた。
 その後も彼とは付き合いがあったが、その彼は大人になるのも早く、既に将来 の道も決めていた。アルバイトも田舎の仕事に関連する、修練になるようなバイ ト先を見つけて地道にやっていた。
 そんな彼だから彼女もすぐにできたようだ。小生はよせばいいのに、住む世界 というか求める世界が違うのに、依然として彼と付き合っていた。小生もバカだ が、彼も優しい男だったのだ。招かれるままに同棲する彼らのアパートへ遊びに 行ったり。今から思うと、お邪魔虫だったってわけだ。
 小生はというと、悶々とする心と体を抱えて、仙台の町を歩き回るしか能がな かった。
 が、彼の彼女は小生のことを彼には合わない人間だと見抜いていたのだと思う。 小生を彼が付き合うには相応しくない人間だと的確に判断していた。
 細かな事情は、小生も辛いので書かないが、彼が彼女と結婚した翌日、彼女は 小生とは口を利かなくなった。何かのメモか、それとも何か合図があったのか、 仕草で感じたのか、明言はしなかったが、今後は付き合わないでくれと申し渡さ れたのである。
 彼女は、彼が優しい男で彼には小生との付き合いを断つ決心など到底付かない と理解していた。彼女は自分が憎まれ役というか、自分の判断を明確に示して、 小生との縁を切ることを決断し、実行したのだ。
 ちょっと寂しかったが、彼女の判断は正しいと自分は即座に悟った。というか、 とっくに分かっていたのに、友達のいない小生は彼に頼る風になっていたのだと 思う。彼とは何でも話せるようでいて、実は、共有する価値が何もないことに鈍 感な小生ではあるが、薄々は気づいていた。
 爾来、彼とは全くの音信不通である。 

 ところで、実は、石川さゆりがテレビで登場するようになって、小生は驚いた。 彼女のデビューは73年で「かくれんぼ」だが、彼女が一躍世間の注目を浴びた のは、76年末の「津軽海峡・冬景色」の大ヒットによってではなかったか。ヒ ットし、誰もが耳に出来たのは77年ということになるのか。
 O君と断絶状態になったのは76年前後だと記憶する。小生のアパートにはテ レビがなく、76年の末か、77年の春に帰郷した際に田舎の家でテレビを見、ニュ ース番組と歌番組の好きな小生は恐らくは歌番組で初めて石川さゆりの存在を知 ったのだった。
 さて、小生が驚いたというのは、石川さゆりが、A君の彼女と瓜二つだったか らだ。え、A君の彼女が、歌手デビューしたの?! と一時は本気で思ったほど だった。
 A君の彼女によって縁切りされたのもショックだったが、自分で自分の人間性 を、そうだな、付き合うに値しない人間だよなと、つくづく納得してしまえるの も情なかったものだ。
 その彼女が石川さゆりという姿になってテレビに登場する。何だか、鞭打たれ ているような気分だった。方や地道に我が道を見つけ邁進し、それを支える素敵 な彼女と同棲し結婚する。
 方や、なんの将来展望もなく、ただの一人の恋人を作る才覚もなく、やたらと 一人の時をダラダラと過ごした仙台を後にする、はぐれ雲のような男。
 そんな男であっても恋心もあるし、それなりに焦がれる心感じる心もある。が、 それはいつも雨に祟られ、夜の闇に紛れ、アスファルトの下に埋められて、息も 絶え絶えの、生命力の枯渇した腐ったような男の、それでも燻る情熱。
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← 石川さゆり「紫陽花ばなし」 (作詞:吉岡治 作曲:岡千秋)

 78年に公表された石川さゆりの、「沈丁花」を聞くと歌のよさも感じるが、自 分という人間の人となりも、柔らかでしなやかな鞭で神経を逆撫でされるように 思い知らされたりする。
 自分はこんな人間なのだ。でも、こんな人間もいる。自分がこんなであること は、自分の責任以外の何物でもない。だから、とにかく最期まで自分だけはしっ かり付き合っていく。
 それはそれでいいのだけれど、「沈丁花」を聞いたりすると、道の先をどん なに目を凝らしてみても、何も見えないのが、ちと寂しく思われたりもするのだ。
 余談だが、その石川さゆりには、「紫陽花ばなし」なんていう曲もある。どん な曲だか小生は分からない。ただ、沈丁花ではない花もある、そんな花のことも 歌っていることを意味もなく気にしてみただけである。
 もし、タイトルに惹かれて読まれた方がいたとしたら、ごめんなさい。でも、 まあ、紫陽花はなしができるようであったらなという思いは心底、本音の話なの だ。

                                   (03/10/01 記)


紫陽花関連拙稿:
シーパラダイスで紫陽花」(2005/05/29)
季語随筆拾遺…紫陽花と雛罌粟」(2005/05/30)
紫陽花は日本を象徴する花 ? !」(2008/06/29)
梅雨のあれこれ(紫陽花編)」(03/06/12)
紫陽花の雨に降られて背伸びせん」(2009/06/23)
紫陽花ばなし?」(03/10/01 記)
紫陽花や雨の音さえやわらかに」(2010/06/16)
紫陽花のこと…七変化」(2005/07/03)
紫陽花の花言葉は…移り気」(2006/05/19)
紫陽花の季節の到来」(2009/06/09)

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