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2015/02/16

電気ビル「耐震構造の父」の設計図面発見!

「耐震構造の父」の設計図面 - NHK富山県のニュース」といったニュースが気になった。

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← 富山電気ビルデイング 「第二次世界大戦後の1945年11月には、進駐軍の富山司令部が設置」されたこともある。「富山市内では富山県庁舎(富山県庁)、富山大和総曲輪フェリオとともに第二次世界大戦以前に竣工した建築物であ」ったが、富山大和総曲輪フェリオは惜しくも、昨年、姿を消した。 (画像は、「富山電気ビルデイング - Wikipedia」より)

「東京タワーなどを設計し、建物の耐震性を高める独自の手法を発案して「耐震構造の父」と呼ばれた内藤多仲が担当した富山市中心街のビルの設計図面が、建設から約80年を経て見つかり、設計思想を示す貴重な資料として注目されてい」るというもの。

 内藤多仲なる人物とは、上記にあるように、「耐震構造の父」と呼ばれた人物。
内藤多仲 - Wikipedia」によると、「日本の建築構造技術者・建築構造学者。一級建築士(登録番号第17200号)。「耐震構造の父」と評される。「塔博士」とも呼ばれている」とか。
「1917-1918年、アメリカへ1年間留学。旅行用トランクの仕切板を外して積んだためトランクを壊してしまった体験や船の構造から着想を得て、帰国後に耐震壁による耐震構造理論を考案した。1924年、「架構建築耐震構造論」で工学博士号を取得」したという。

 冒頭の記事をさらに続けると、このたび、「このほど見つかったのは、富山市中心街に昭和11年に建設された「富山電気ビルデイング」の設計図面13枚で、ビルの保管庫の奥に図面一式が完全な形で残されているのを社員が見つけ」というのだ。
「内藤多仲は、建物の壁を柱や“はり”と一体化させて耐震性を強化する、当時としては画期的な「耐震壁」を発案したことから「耐震構造の父」と呼ばれていて、「富山電気ビルデイング」にも5階建ての各階に「耐震壁」が設けられていることが図面で確認され」たとか。

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← 「東京タワー」 1958年、内藤設計。 (画像は、拙稿「「ぼくの哲学日記」の周辺」より)

 ニュースでは、「内藤多仲に詳しい早稲田大学の山田眞教授」が出演していて、電気ビルにて、図面と実際の建物の構造を照らし合わせていた。
「ビルを所有する会社では、設計図面の公開を検討している」なんて情報も紹介されていた。

 昭和11年に建設された「富山電気ビルデイング」は、来年で築80年を迎える。奇縁と言うべき話題だろう。

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