『闇の中の男』から『東方見聞録』へ
昨日に続き、今日も冬の北陸には珍しい晴天。用事もあるが、仕事で帰宅が遅くなり、朝も寝床でグズグズしたこともあり、外出は控え、居眠りとテレビと読書に日を費やした。
← マルコ・ポーロ著『東方見聞録』(月村 辰雄/久保田 勝一 訳 岩波書店) 本書については、「『マルコ・ポーロ 東方見聞録』moreinfo」を参照のこと。
仕事の疲れや眠気が少しは取れたのは、午後も遅くになってから。ポール・オースター著の『闇の中の男』の最後の数十頁を一気に読み通した。
過日の日記にも書いたけど、本書を読み始めたちょうどその頃、イスラム国に人質として囚われた後藤さんらの動画映像が流されたのだった。本書は、9・11を背景に書かれた小説。
しかも、である。驚きの叙述が末尾近くに待っていた(以下、<私>は、主人公。けがをして歩けなくなった老人。ミリアムは<私>の娘。カーチャは彼の孫娘。タイタスはカーチャの恋人):
私がミリアムの家に越してきたのは四月前半だった。三か月後、カーチャがニューヨークから電話してきた。彼女は電話口でしくしく泣いていた。テレビを点けてみて、とカーチャは言った。晩のニュースにタイタスが映っていた。ブロック壁の、場所不明お部屋で椅子に座っていて、頭にフードをかぶって両手でライフルを持っている四人の男に囲まれている。ビデオの画質は劣悪で、タイタスの表情を読みとるのは困難だった。怯えているというより呆然としているみたいに私には思えたが、どうやら殴られたらしく、額に大きなあざのようなものがぼんやり見てとれた。ビデオに音はなかったが、画像に合わせて用意された文章をニュースキャスターが読み上げていた。だいたい次のような内容だった。
二十四歳のニューヨーク市民で請負会社BRK勤務のトラック運転手タイタス・スモールさんは、けさバグダードへ移動中に誘拐されました。誘拐犯たちは既知のテロリスト組織との関係をいまだ明らかにしていませんが、快方と引き換えに一千万ドルと、イラクでのBRKの事業の即時停止とを要求しています。七十二時間以内にこの要求が満たされない場合は人質を処刑すると誘拐犯たちは宣言しています。BRKのスポークスマン、ジョージ・レノルズ氏は、スモールさんの安全確保のため社は全力を挙げていると述べています。
(中略)BRKは彼を解放させるべく相当な額を提示したが、案の定イラクでの事業停止は拒否した。殺害は予告どおり、タイタスがトラックから引きずり出されブロック壁の部屋に放り込まれてから七十二時間後に実行された。
(中略)
せめてもの救いに、音はない。
せめてもの救いに、頭にはフードがかぶせられている。
彼は両手をうしろで縛られて椅子に座り、じっと動かず逃げ出そうと企てもしない。前回のビデオの男四人組が彼の周りに立ち、三人はライフルを持っていて、一人は右手に斧を持っている。
(以下、処刑の模様が事細かく描かれ、殺害された無残な遺体の惨状も記述される。)

← ポール・オースター【著】『闇の中の男』(柴田 元幸【訳】 新潮社) (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より) 「ある男が目を覚ますとそこは9・11が起きなかった21世紀のアメリカ。代わりにアメリカ本土に内戦が起きている。闇の中に現れる物語が伝える真実。祖父と孫娘の間で語られる家族の秘密」とか。9・11以降の現実の世界は、アメリカの重しが外れ、パンドラの函を開けたように、民族や宗教、宗派、利権を巡る数知れない矛盾が噴出した。そう、アメリカ本土の代わりに、世界で戦争が起きている。
アメリカには民間の軍事会社(BRKもその一つ)がある。タイタスは、BRKのトラック運転手として雇われイラクへ派遣され、誘拐された。アメリカには懲役制度もある。ブッシュ元大統領のような愚かな指導者のもと、戦争となると、無益な戦争に駆り出され、非業の死を遂げることもある。海外の戦争に直接関わることの反動を直接受ける国柄でもある。小説のリアリティには、そうした国の地政学的状況も加味される。
このたびの「イスラム国」による日本人人質事件は、そのリアリティが日本にも現実化するということなのだ。
さて、本書の次は、マルコ・ポーロ著の『東方見聞録』を読む。
「原初の形に近いとされる中世フランス語写本(フランス国立図書館蔵,fr.2810)より初めて直接翻訳がなされた『全訳 マルコ・ポーロ 東方見聞録』の待望の普及版である」とか。名前は誰でも知っているが、ほとんどの人が読んだことがない本の一冊。ようやく、読む!
極めて内向的で海外は観光上の関心しか抱かない日本の多くの人にとって、アフガニスタンを含め、中東の国々は、未だにマルコ・ポーロの見聞した『東方見聞録』の域(閾)を超えていないのではなかろうか。
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