ドイッチュ著の『無限の始まり』に曙光を見る
デイヴィッド・ドイッチュ著の『無限の始まり』(熊谷 玲美/田沢 恭子/松井 信彦【訳】 インターシフト)を読了した。
山形浩生氏や荒俣宏氏らも絶賛しているようだが、年末年始の正味六日を費やして一気に読み切った。
← デイヴィッド・ドイッチュ【著】『無限の始まり―ひとはなぜ限りない可能性をもつのか』(熊谷 玲美/田沢 恭子/松井 信彦【訳】 インターシフト) (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)
ホント、特にこの正月三が日は、雪掻きと本書に明け暮れたと云っていい。なんたって、この三日は、寝床には全く入らず仕舞い。リクライニングチェアーに腰を埋め、読書し除雪、居眠りし除雪と読書、合間に食事(といっても、冷蔵庫やストッカーの残り物を片づけるための、きわめて貧相な食事内容だったが)といった日々で、三日の夜だけ、翌日は仕事ということもあって、ベッドに潜り込んだ。
本書は天才物理学者が科学に限らず、著者の目に付く万般の学や思想を一刀両断したもの。
といって、安直な偏見で本来は豊かな世界を視野の外へ追いやるのではなく、発想の中の凝り固まった偏見を解消しようというもの。
実際、『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』で有名なジャレド・ダイアモンドの文明論もリチャード・ ドーキンスの遺伝子論も宇宙船地球号といった、小生自身、到底馴染めそうになかった発想も、さらには、ダグラス・R. ホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』の論調さえをも(一定程度評価しつつも)鋭い批判の刃を向けているのである。
その批判の哲学的基盤は、どうやら、『開かれた社会とその敵』で有名なカール・ポパーの哲学においている(さらにブラックモアの「ミーム」のなる発想が重視されている。)。
ポパーの考えでは、「反証されえない理論は科学的ではない」とか、「科学の進歩は、或る理論にたいする肯定的な事例が蓄積してこれを反証不可能たらしめてゆくところで起こるのではなく、否定的な事例が反証した或る理論を別の新しい理論がとって代えるところで起こる」(「カール・ポパー - Wikipedia」参照)といった発想が著者に影響を与えているように思われる。
さらに言うと、科学は常に流動的で、これまでそうだったように、これからも無限に発展していくと著者は考えている。一見すると楽観的で人間の知能に信頼を置き過ぎているようだが、そうではなく、科学も経済の理論も美学にしても、今というのは、常に水面をギリギリのところで溺れないよう、懸命に泳いでいるもので、ちょっと油断すると、これまでに達成された成果に安住し、もう発展はないとか、残された課題は従来の業績を磨き上げることだけ、という思い込みに落ち込みやすいことを縷々指摘している。物理学ですら19世紀の終りに、もう物理学の果たすべき役割はほぼ終わったと、高名な学者が述べていた。が、実際には目前の20世紀はアインシュタインなどの革命的な理論が登場し、量子力学が生まれた。
人類の知は、文化の創造も含め、常に途上にある。人が歩みや努力、好奇心を怠らない限り、発展の道は無限なのだと、著者は熱く語っている。
科学も芸術も、一歩先へ進めば、そこにはまたさらに解決を迫る課題が見えてくるし(よい説明への希求!)、美の厳然たる現前が創造を人に迫る、その歩みに終わりはないのだ。
あるいは、今が無限への道のりの始まりなのか、現状に安住し、今後の展開がとん挫してしまうのかは、われわれの姿勢や発想次第なのだと彼は語っている。
著者は最後に以下の言葉で閉めている:
多くの人々は、さまざまなタイプの無限を嫌う。しかし、われわれには選択の余地のない事柄もある。進歩を遂げたり長期的に存続したりできる思考方法は一つしかない。それは、創造力と批判によって良い説明を探求するという方法だ。とにかく、われわれの行く手には無限が存在する。われわれに選択できるのは、それを無知の無限とするか、知識の無限とするか、正邪の無限とするか、それとも生死の無限とするかということだけなのだ。
それにしても、本書には解説がないのは、どうしたことだ。
しかも、これだけの本なのに、索引すらない。…と思ったら、索引をダウンロードするためのURLが示されてあった。
仕方ないので、ダウンロードしプリントアウトしたけど、これってどうなのよ!
尤も本文が600頁以上で、そこに索引が24頁、さらには解説も付すと、650頁になって手に持つのも苦しくなりそうだけど、でも、ね。
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