『ぼくは物覚えが悪い』は身につまされる
書店で目に付いてしまって、思わず手に取った本。昔から記憶力には自信がなかったが(実際、暗記物の科目の成績は特に悪かった)、この頃、一層、記憶力の減退を痛感させられている。
← スザンヌ・コーキン著『ぼくは物覚えが悪い──健忘症患者H・Mの生涯』(翻訳 鍛原 多惠子 早川書房) 「脳手術の後遺症で記憶を新たに作れない脳障害患者H・Mが記憶の科学に残した遺産はいかに巨大だったか。長年治療にあたった医師自身が綴る、「医学史上最もよく研究された患者」の記録。映画化決定」。 (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)
仕事柄、道路名や交差点名、地名やビル名などはもとより、店の名前、客の顔などを覚えておいた方が有利だし、サービス業たる仕事の性質からして、こうした事項を覚えるのは必須だとも云える…のに、である。
けれど、もっと記憶力の減退を実感するのは、昔のこと、子供の頃の事である。
つまり、遠い日の思い出が日々遠ざかっていくのを嫌というほど感じさせられている日々なのだ。
小説…特に短編を書くことが嫌いじゃなくて、折々創作を試みる。
小生は、実話(本当にあった思い出話)はエッセイに、虚構の思い出話は創作に書く。
創作だから、虚構なのは当たり前のようだが、つまりは、実際に在ったことを創作(小説)の形にすることはせず、想の思い浮かび流れゆくその流れに身を任すように創作していく。
但し、創作の取っ掛かりは、何処かしら何かしら現実の出来事や感じたことだったりすることが多い。
思い出の中の出来事を書こうとしているうちに、筆が勝手に滑って行って、全編、創作された話に終始するのだ。
だから、思い出や、幼い頃、若い頃の想いというのは、実に貴重なのだ。創作活動のベースであり、エネルギー源なのである。
そうでなくても、人間は日々に生きるといいつつ、実のところ、思い出の積み重なりの上に感情の豊かさや人間性が成り立っている。過去にしがみつき、あるいは忌まわしい過去から逃れようとし、あるいは願望し、果たせず、その後悔の念や思い入れの深さという大海の浪間でアップアップしているのが今の自分だということだ。
だからこそ、遠い日の、あるいわ若き日の思い出が薄らいでいく、薄っぺらになっていくというのは、実に悲しい、惨めなこと、味気ないことに感じられてならないのである。
さて、本書は、「1953年、てんかん治療のための脳手術から目覚めた27歳のヘンリー・モレゾンは、別の深刻な障害を負っていた――手術後に新しく経験した出来事をなにひとつ記憶できなかったのだ。こうして重度の健忘症患者となったヘンリーは、永遠に「現在」のなかに閉じ込められてしまった」人物を巡る研究の報告書である。
彼は30秒余りほどの短期の記憶の中に生きている。彼は、27歳以前の記憶とそれまでに培われた人間性の上に生きている。日々会う人は常に見知らぬ人、初めて会う人だし、日々生じる事態も、脈絡が一切欠けている、ただ、あるがままに受け入れるしかない。
彼の場合、若い頃、温厚な性格だったようで、傍から見ると不幸の極み、悲劇そのものを生きているようなのだが、彼自身は悲劇を認識できない。何が欠如しているか自体を全く認識できないのだから、悲しいとすら感じられないのだ。
→ 映画「博士の愛した数式」DVD (画像は、「映画「博士の愛した数式」公式サイト」より) 本書からは、多くの人は、小川洋子の原作「博士の愛した数式」や同名タイトルの映画を連想されるに違いない。小川さんは、この小説の想を何処から持ってこられたのだろう。数学者エルデシュを描いた『放浪の天才数学者エルデシュ』のエルデシュがモデルだともいうけれど。
本書においては、「やがてあまたの医師がこの不幸な、しかし精神医学史上に珍しい患者に注目し、彼の脳とその症例があらゆる方向から精査され、ひとつの医科学分野を根底から刷新することにな」(「Amazon.co.jp 通販」より)る、その目覚ましい研究成果が語られている。本人の悲劇そのものに寄り添うことは本書のテーマではない。
つまり、あくまで「2008年に世界中の研究者に悼まれつつ亡くなったH・Mことヘンリー・モレゾンの数奇な生涯と、それと表裏一体である記憶の科学の発展史を、研究者として彼に40年以上寄り添った神経科学者自身が余すところなく描いた、驚きと感動の実録」(「Amazon.co.jp 通販」より)の書なのである。
それはそれで豊饒な成果だとは思うが、肝心の本人の気持ちはどうなのか、本書を読んでいて、謎のままのように思われるのだった。映画ではどう描かれるのか。
といいつつ、まだ、読み始めたばかり。これからの叙述を待つのが筋なのかもしれない。
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