堆雪が宝の山に見えてくる?
雪の季節になっている。今冬は今のところ、最大でも30センチ余りで、特に大晦日の夜から正月三が日が一番、雪に苦労させられた。
← 「札幌市の雪たい積場」 (画像は、「排雪 - Wikipedia」より)
せっかくの正月休みが雪掻きで潰れてしまったのだ。四日になり、仕事に外出した頃から晴れ間や雨の日が続いて、除雪し庭の片隅に山となった雪が融け出してくれる。
だったら、正月三が日は何もせず、いずれは自然に融けるのを見守っておればいい…のだが、そうもいかない。生活がある。外出もしないといけないし、来客はともかく、新聞配達の人などのため、人の通れる道くらいはつくらないといけない。
世間体もある。あの家は、雪が降っても、知らん顔ってのは、近所の手前、恥ずかしい。
昨日、未明から降り出した雪は、一時は勢いも凄かったけど、夕方には収まった。昨夜は一面の銀世界だったけど、今日は晴天に恵まれ、午後には日陰の部分を残して、ほぼ消え去ってくれた。
さて、雪の季節となると、お客さんと話題にするテーマが今冬はある。
それは、降った雪を除雪し、路肩や店の駐車場の隅っこに堆く積み上げられた雪(堆雪)の利用法について、である。
前も書いたことがあったと思うが、せっかく降った雪、路肩などに山となっている雪をただ、いずれは融けるに任せるのは、悠長で手間が省けていいようなものだが、何か勿体ない気がする。
少なくとも、富山は、新潟や東北、北海道ほどに雪に埋もれたりはしない。
除雪すれば、路肩などに積み上げられる程度の降雪量なのである。
それを上回れば、トラックなどに積んで、何処かの河原か海か川などに棄てる。
小生は、それなりに議論ができる人と踏んだら、この雪の始末について、何かいいアイデアはないか、利用法がないかと訊ねたりする。あるいは自分なりの案を喋ってみたりする。
ロングとまではいかなくても、十分以上は客となっている、その間、客が手持無沙汰の頃合いを見て、そんな話題を繰り出すわけである。
小生が例として持ち出す案は、例えば、以下である:
1)除雪した雪をトラックで運んで捨てるのなら、いっそのこと、富山には好都合なことに一級河川が何本もある。
その河原に雪をドンドン捨てて行って、小山を作り、冬の間だけの臨時のスキー場を作ったらどうか。本格的なものは無理でも、小中学生用のスキー場なら作れるのではないか。
2)何処かの空き地(廃校のグラウンド、池、休耕田)に雪を溜めて置く。特設の氷室を作る。相当程度に溜めると、五月の連休までは融けずに残るはず。その根雪を五月以降に徐々に融かしていって、天然の冷房装置に使う。パイプが配管されていたら、天然のクーラーとして使えるのではないか。
3)何処かの空き地に雪を集め、北海道の雪まつりではないが、富山なりの雪まつりを敢行する。

→ 「差し枠を入れて排雪仕様になったダンプカー」 (画像は、「除雪 - Wikipedia」より)
などなど。
まあ、富山は立山の恵みで、冬の間に積もった雪が徐々に融けて、年中を通して川の水量を豊かにしてくれているし、湧水も豊富である。なので、地下水を利用すれば、冷房装置は今だって可能で、何も市街地などに降り積もり除雪した雪を集める労力など、不要、無用なのかもしれない。
とにかく、アイデアである。アイデアを募集して、せっかく天が恵んでくれる、ありあまる雪の使い道を考えたらどうだろう。
もし仮に、ホントに素晴らしいアイデアが示されたら、今は路肩の雪の小山を邪魔で恨めしく眺めているのが、宝の山に見えてくるに違いないのだ。
みなさん、何かアイデアはないでしょうか?
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- バッタや土との若手研究者らの苦闘(2023.09.21)
- 古井文学への遅すぎる接近(2023.09.20)
- 『愛と哀しみの果て』の原作と今になって知った(2023.09.19)
- 「昼行燈2」を夜になって書いた(2023.09.16)
- 物質的恍惚と想像力(2023.09.15)
「社会一般」カテゴリの記事
- バッタや土との若手研究者らの苦闘(2023.09.21)
- 物質的恍惚と想像力(2023.09.15)
- 惨憺たる状況(2023.09.05)
- あの豪雨も今日は夢の中(2023.08.27)
- センサーが目指すのは“ゾウ”の鼻(2023.08.11)
「富山散歩」カテゴリの記事
- 「H2Aロケット47号機、打ち上げ成功」にホッとする(2023.09.07)
- センサーが目指すのは“ゾウ”の鼻(2023.08.11)
- 「創校150周年記念運動会」だけ(2023.08.08)
- 「蜷川新右衛門」ゆかりの城跡へ(2023.05.22)
- 日和下駄……東京散策…嘗ての東京(2023.05.21)
コメント