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2014/12/02

李冰 2300年後の現在もなお機能する水利・灌漑施設:都江堰

 昨日から、北陸は富山も風雨続き。今日は、一気に冷え込んで、霙や霰も降って、その上、雷鳴も轟いて、荒れ模様。
 休日だが、この天気では外仕事は無理。ということで、買い物と銭湯以外は、一切外出せず、また家の中の用事も極力省いて、今日は読書と居眠り三昧。

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→ 「都江堰全景」 (画像は、「都江堰 - Wikipedia」より)

 居眠りは休養のため、必須。読書も自分の狭苦しい世界を少しでも広げるために必須。友のいない小生には、こころの栄養。
 先月以来、読み続けてきた、スティーヴン・ミズン著の『渇きの考古学 水をめぐる人類のものがたり』 を、今日は残りの140頁ほどを一気に読んだ。

 有史以来(多分、その以前から)、人類が文明を築き始めるためには水を制することが必須だった。
 人類の歴史は、水との苦闘の歴史でもある。
 文明が滅ぶとは、水との戦いに負けた、と言えそうな側面もあったりする。砂漠に、あるいは高山に、逆に水(雨など)が豊富過ぎて洪水に見舞われやすい地域に、人類は灌漑を施して、集落を、やがては都市を築き上げてきた。

 ほとんどの文明や都市は滅んだが、それでも、巨大な水利施設は遺跡として残ったりする。
 中には、古代中国の水利事業のように、今に至るも厳然と使われ続けている偉業もある。
 その名は、都江堰(とこうえん)である。
都江堰 - Wikipedia」によると、これは「中華人民共和国四川省都江堰市西部の岷江にある古代の水利・灌漑施設である」:

都江堰は、岷江が龍門山脈を抜けて成都平原(四川盆地の西部)に出るところに形成された扇状地の扇頂部に設けられており、岷江の水を左岸(東側)一帯へと分水している。都江堰は現在でも 5,300 km² に及ぶ範囲の農地の灌漑に活用されており、古代の優れた土木技術を今に残すものである。それまで水不足に苦しんでいた成都平原は水田や桑畑などが急速に広がり水運も便利になり、「天府之国」と謳われる大穀倉地帯となった。都江堰は以後も改良や補修を加えられ、2300年後の現在もなお機能する古代水利施設である。

「紀元前3世紀、戦国時代の秦国の蜀郡の太守李冰(り ひょう)が、洪水に悩む人々を救うために紀元前256年から紀元前251年にかけて原形となる堰を築造した」のだとか。
 本書の著者によると、李冰(り ひょう)の水利の基本には、孔子ではなく、老子の「自然の摂理に学べ」という思想があるという。水の動きに人間が無理な負荷を課すのではなく、水の流れを活かす水利。
 それにしても、多くの見事な水利・灌漑施設が文明の衰微と共に放置され忘れられていった中で、改良や補修を加えられ続けたとはいえ、2300年後の現在もなお機能するとは、現在でも 5,300 km² に及ぶ範囲の農地の灌漑に活用されているスケールと共に、驚きである。

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← スティーヴン・ミズン著『渇きの考古学 水をめぐる人類のものがたり』 (赤沢威, 森夏樹訳 青土社) (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)

 いずれにしろ、今世紀は水という資源を巡っての格闘の世紀となるとも言われ続けている。
 小生にしても、「日本は水を大量輸入?!」なんて記事を書いたことがあるが、その大本の記事は今も印象的である。
 ここでは、「日本の「水輸入」は世界最大」なる記事を参考に挙げておく。
 日本は、水資源との闘いでは、現状では危機の直撃を食らいそうである。

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