真っ逆さま
ここにも人がいる。ほらっ、人影が見えるでしょ。風もないのに、動くよね。生きている証拠なんだよね。
ああ、でも、誰もが彼をスルーする。見過ごしてしまう。そこにいると気づいているはずなのに、目を逸らして、誰もいなかったことにする。
← お絵かきチャンピオン作「顔流れ」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)
彼がレジの前に立っても、店員は顔を一切、上げず、ただ事務的に作業をこなしていく。
「ありがとうございました」と一言だけ、添えて、次の客へと視線を移す。今度は、顔をあげ、目を合わせ、笑顔さえ浮かべて、一つ一つの動作に人間味がある。
人と人なのだ!
そういえば、彼が店に入った瞬間から空気が凍り付いていたっけ。店員は誰ひとり、「いらっしゃいませ」などとは発しない。接客もしていないのに、忙しくなくて、品ぞろえを整えたり、棚をチェックしたり、店員同士、お喋りに興じたり。でも、彼のことは無視。
→ お絵かきチャンピオン作「メガネっ子」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)
でも、彼の前の客にも、後から来た客にも、レジで接客していたって、入店時のシグナル音が鳴っただけで、「いらっしゃいませ」と口にする。機械的な、それこそ、マニュアル通りの応対に過ぎないのだろうけど、でも、客が入ってきた、人が入ってきた、だからそれなりに対応しているって、分かる。
彼は人の行動を冷静に観ているんだよ。
だったら! だったら、彼にだって、「いらっしゃいませ」の一言があったっていいじゃないか!
彼だって人なんだ。人並みに扱ってくれていいじゃないか。なのに、どうして、無視するんだ? 目線を外すんだ? 顔を上げないんだ? ひたすら眼前から影が消え去るのを待っているんだ?
← お絵かきチャンピオン作「オレンジピープル」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)
…なんて、訊くだけ無駄か。野暮ってことか。醜い存在は、この世になかったことにするってことか。異物は店内の何物にも触れずに、何事もなく、通り過ぎてくれればいいってことなのか。
ああ、ここにも人がいる。肉体が疼いている。こころが泣き叫んでいる。ほとんど喚き声のようだ。耳に、心に痛いほどに悲鳴の叫びが上がっている。遠い山の木魂より、ズシンと心に響いている。
何も、その人の姿も顔も見なくたっていいんだ。ただ、目さえ、合わせてくれたなら。目と目の一瞬の出会いがあったなら。それだけをひたすら希(こいねが)っている。
→ お絵かきチャンピオン作「反転世界」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)
ひと月に一度でも、そんな機会があったら、目を見て、応じてくれる人がいたら、もう、それだけで彼は有頂天になる。己が人間の端くれなのだと認めてくれたって悦びで、それこそ欣喜雀躍、飛び回って喜ぶ…のだけど…
目は口ほどにものを言う。目を合わせてくれいのだとしたら、彼には心は、その欠片さえ、恵まれないってことだよね。
それでも、彼は生きている。崖を転げ落ちるようにして、心の奈落の底へと落ち続ける。悲しみさえ、追い付けないほどに、真っ逆さまだよ。
← お絵かきチャンピオン作「ガスケツ曜日」 (「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より)
肉片が削られ抉られ崖のあっちこっちにこびり付いていく。血反吐が飛び散って、汚らしいったらありゃしない。出来損ないのステンドグラスのようだよ。
そんな彼の滑稽な有様を誰一人、見守ることもない。そりゃそうだよね。邪魔だものね。
彼の姿がこの世から消え去るのも、近いんだろうなー。そのほうがいいんだろうな。そのほうが、誰の迷惑にもならないしなー。
[本稿は、お絵かきチャンピオンさんの絵を紹介するための一文です。絵と文とは無関係です。文は、絵のためのただの背景、壁面です。]
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