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2014/10/03

ダーウィンからラス・カサスへ

 チャールズ・R.ダーウィン 著の『新訳 ビーグル号航海記 上・下 』(荒俣宏 訳 平凡社)を一昨日、読了した。上下巻で千頁ほどの大著。時間をたっぷり費やしたが、若き日のダーウィンの何年にも及ぶ世界航海の旅に付き合ったのだと思えば、二週間以上を注ぎ込んでも惜しくはない。

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←  名画漆絵 酒井抱一の名作「楓図」  (画像は、「【楽天市場】漆絵 酒井抱一の名作「楓図」:絵画制作専門店ユーラシアアート」より)

 本書についての感想は、その都度、書いてきた。
 今日は変則的に。
 上掲書では、南米など世界各地の生物の観察研究がなされているのはもちろんだが、地層の観察に相当の手間暇を費やしているのが印象的だった。海底の生き物の化石が地上高く、それこそ何処かの山の上で見つかる。どれほどの時間があれば、海底の地層が水上へ、山脈へと至るのかと、随所でダーウィンは瞑目するかのごとく考察している。

 同時に、上掲書では、ダーウィンは、特に南米などでの先住民へのスペイン人などキリスト教徒の蛮行を観察し縷々語っているのが印象的だった。
 大航海時代のスペイン人の残虐ぶりは夙に知られているところだが、ダーウィンの時代になっても、植民者(つまりは侵略者)らは、先住民を酷使し虐待していた。しかも、髪の正義の名のもとに。

 しかし、考えてみれば、北米に侵略したイギリス人ら白人は、19世紀になっても先住民を虐殺殲滅しまくっていたのだ。しかも、映画でインディアン退治を自慢げに喧伝していた。戦後…どころかつい先年に至るまで、先住民を虐殺する白人を英雄視し、アメリカ大陸を占領する過程をフロンティアものとして美しく描いてきた。
 白人らの南北アメリカ大陸の先住民を見る目は、大航海時代のスペイン人らと何ら変わっていないわけである。

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→ 「auftauchen der spanier」16世紀初頭、スペイン人の到来(出現)。 (画像は、「Hier Titel eintragen」より)

 ダーウィン 著の『新訳 ビーグル号航海記 』を読んでいて、前に読んだことがある…はずの、ラス・カサス著の『インディアスの破壊についての簡潔な報告 (改版)』をもう一度、読んでみたくなった。
叡智の禁書図書館<情報と書評> 「インディアスの破壊についての簡潔な報告」ラス・カサス 岩波書店」にあるように、「コロンブスが新大陸を発見後、スペイン人が続々とおとずれ、原住民のインディオ達を虐殺しまくり、金を奪い、人々を奴隷として虐げるまさに『生き地獄』が始まる。本書はスペイン本国には届かない(隠されたいた征服行為の実態を)そういった非道の行為をスペイン国王に訴え、直ちに禁止しようと働きかける為に書かれたレポート」である。まさに当時の現実を語る第一次資料と言える。

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← ラス・カサス【著】『インディアスの破壊についての簡潔な報告 (改版)』染田 (秀藤【訳】 岩波文庫) 「キリスト教化と文明化の名の下に新世界へ乗り込んだスペイン人征服者によるインディオの殺戮と搾取―。残虐非道が日常化した植民地の実態を暴露し、西欧による地理上の諸発見の内実を告発した植民地問題の古典」 (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)

 著者であるバルトロメ・デ・ラス・カサスについては、「バルトロメ・デ・ラス・カサス - Wikipedia」にゆだねる。これだけのスペイン告発の書を書いたのだ、毀誉褒貶が凄まじかったことは容易に想像される。

 せっかくなので、「叡智の禁書図書館<情報と書評> 「インディアスの破壊についての簡潔な報告」ラス・カサス 岩波書店」から、本文より印象に残った部分の抜粋を転記させてもらう:

ある日、ひとりのスペイン人が数匹の犬を連れて鹿か兎を狩りに出掛けた。しかし、獲物が見つからず、彼はさぞかし犬が腹をすかしているだろうと思い、母親から幼子を奪ってその腕と足を短刀でずたずたに切り、犬に分け与えた、犬がそれを食い尽くすと、さらに彼はその小さな胴体と投げ与えた。

既述したとおり、スペイン人たちはインディオたちを殺し、八つ裂きにするために獰猛で凶暴な犬を仕込み、飼いならしていた。真のキリスト教徒である人々、また、そうでない人も彼らがその犬のえさとして大勢のインディオを鎖につないで道中連れて歩いたという事実を知っていただきたい。おそらく、そのような行為をこれまでに耳にしたことはないであろう。インディオたちはまるで豚の群れと変わらなかった。スペイン人たちはインディオたちを殺し、その肉を公然と売っていた。「申し訳ないが、拙者が別な奴を殺すまで、どれでもいいからその辺の奴の四半分ほど貸してくれ。犬に食べさせてやりたいのだ」と、まるで豚か羊の肉の四半分を貸し借りするように、彼等は話し合っていた。

その無法者はいつも次のような手口を用いた。村や地方へ戦いをしかけに行く時、からは既にスペイン人たちに降伏していたインディオたちをできるだけ大勢連れて行き、彼らを他のインディオたちと戦わせた。彼はだいたい一万人か二万人のインディオを連れて行ったが、彼らには食事を与えなかった。その代わり、彼はそのインディオたちに、彼らが捕まえたインディオたちを食べるのを許していた。そういうわけで、彼の陣営の中には、人肉を売る店が現われ、そこでは彼の立会いのもとで子供が殺され、焼かれ、また、男が手足を切断されて殺された。人体の中でもっとも美味とされるのが手足だったからである。ほかの地方に住むインディオたちはみなその非道ぶりを耳にして恐れのあまり、どこに身を隠してよいか判らなくなった。

 以下は、「池田信夫 blog インディアスの破壊についての簡潔な報告」からの転記:
 足がようやく地面につくくらいの高さの大きな絞首台を組み立て、こともあろうに、我らが救世主と12名の使徒を称え崇めるためだと言って、インディオを13人ずつ一組にして絞首台に吊り下げ、足元に薪を置き、それに火をつけ、彼らを焼き殺したキリスト教徒たちもいた。

  ポルポト派の蛮行。アフリカでの各地の内戦。イスラム圏での正義(聖戦)の名のもとの残虐。アメリカ人(軍)による日本への空襲や原爆の投下。
 日本も嘗て、欧米に追い付け追い越せとばかりに、南京で大虐殺を仕出かしてしまったわけである。
 こういう歴史を鑑みると、人間が信じられなくなる。

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