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2014/09/01

富山の屋根瓦は黒光りする

 過日のこと、夕方近くのこと、お客さんとの雑談の中で、お客さんがふと漏らした感想(印象というべきか)にハッとさせられた。
 その方は名前は伏すが評論家で、富山の肩ではないのに、さすがに富山のことを勉強されておられ、また観察眼も並みではない。

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→ 「天の川」(by kei) (画像は、「屋根の上の猫」(03/07/07)より)

 その方が漏らしたのは、富山の瓦って、黒光りしているんですね、であった。
 最初、何を言っているのか分からなかった。それがどうした、当たり前じゃないか、というのが率直な反応。
 が、話を聞くと、どうやら屋根瓦が黒光りしているのは、富山では当たり前でも、他の地域では必ずしもそうではないらしい。

 確かに、テレビなどで空手家などが瓦十枚を重ねて、叩き割るシーンなど見せてくれることがある。
 でも、それは、テレビ用の、衝撃や印象を強めるため、割れやすい瓦を用意しているんだと思っていた。
 実際、瓦でも、富山の屋根瓦が十枚も重ねてあったら、空手家であっても、そうやすやすと割れるものかどうか(あるいは、あっさり割ってしまうかもしれない)。

 自分の胸中では、富山は雪が降るので、冬季の間中の湿気や重みに耐えるため、十分な耐久性がないと持たないだろう、という思いがあった。強風が吹いても、家が吹き飛ばされないためにも、丈夫さと重みというのは必須の条件だろうとも、まあ誰しも思うことを想っていた。

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← 企画展「大集合 富山城の「瓦」たち」 (画像は、「郷土博物館 企画展案内」より)

 あるいは、屋根への積雪量が限界を越えたら、雪下ろしをしないといけない。
「富山では屋根の雪を落とすため、黒い釉薬(ゆうやく)を使い、滑りやすくしているため、黒い屋根瓦の家屋が多いのです」(引用は、「Vol.11 富山BLACK編 - 富山BLACK図鑑 | ロカルちゃ!富山」より)ということにもなる(但し、滑りやすくするには特別な釉薬が必要だが、別に黒でなくても、赤でもいいわけである!)。

 なお、このサイト「Vol.11 富山BLACK編 - 富山BLACK図鑑 | ロカルちゃ!富山」を覗くと、富山はブラックラーメンを始め、黒の町という表現も試みたくなってしまう……が、もう少し、検討してみたい。

 でも、思えば(富山の)屋根瓦事情など調べてみたことがない。
 ただ、云えるのは、一度、屋根に瓦を葺いたら、少なくとも半世紀は持つという事実である。我が家にしても、築六十年だが、あるいは多少は(数枚は)ひび割れがあるのかどうか、ないとは断言はしないが、今以て十分機能している。あと何年持つかと問われたら、俄かには返事がしづらいのも事実だけれど。

 小生は、富山の屋根瓦について(も)、何の予備知識も常識も持ち合わせないので、富山の屋根瓦は黒光りしているので、月夜の晩には、屋根に月光が照り映えて、それは見事な光景ですよ、なんて言い草でその場を流すしかなかった。
 屋根瓦が黒光りしているなんて、そんなに珍しいことなのか。
 そもそも富山の家々の屋根に葺かれる瓦は、富山で作られているものなのか。

富山の屋根 (前田建設株式会社)」によると、「黒瓦である理由としては雪が早く溶けるためとも言われているそう」という。
 確かに黒っぽいほうが熱を集めやすい。が、雪が降ってしまえば、屋根は真っ白になる。屋根瓦が黒かろうと赤かろうとオレンジだろうと、分からなくなる……のではないか。

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→ 同上(裏面) 

屋根景観本来は赤瓦 - 富山 - 地域」(朝日新聞デジタル)によると、その冒頭に、「200年ほど前、北陸各地のお寺や神社、町屋の蔵の屋根に瓦が葺(ふ)かれだし、しかもそれが赤い色の瓦だったということをご存じだろうか。赤瓦といえば石見や会津が有名だが、江戸時代後期は北陸こそ日本で有数の赤瓦地帯だった」とある。

 一般庶民の家はともかく、「200年ほど前、北陸各地のお寺や神社、町屋の蔵の屋根に瓦が葺(ふ)かれだし、しかもそれが赤い色の瓦だったということ」のようである。
 当時は農家や裕福ではない町民の家の屋根はまだ瓦葺きではなかったようだが。
 
 同上のサイトによると、「今の北陸の家々の屋根といえば、福井の銀(ぎん)鼠(ねず)瓦、石川・富山の黒瓦という釉薬(ゆう・やく)瓦が見慣れた景観である。しかしこれらは、元々の赤瓦が近代になり各地で改良されて、色が変わったものだ」とか。

 小生は、勝手に黒光りする富山(など)の屋根瓦は、丈夫で耐久性に優れているんだと思い込んでいたが、「江戸時代の赤瓦は、高い温度で長時間焼いたので、雪国の北陸で抜群の耐久性だった。現に今でも、そのような赤瓦は百数十年の風雪に耐え、屋根をしっかり守っている。つまり、赤瓦そのものが立派な文化財なのだ」とか。

 要は、丈夫さについては、江戸時代に比べてましたわけではなく、「釉薬」の改良(コストダウン)が近現代になって見られるだけなのだとか。
「赤瓦の景観をまちおこしの素材にしようという動きも加賀市や島根県江津市などで始まっている」というが、富山はもう、屋根瓦といえば、黒光りするものと決まっているので、赤瓦の屋根には戻れないだろう。

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← 「ぽりぽり」 ( by kei) (画像は、「月光欲」(03/07/12)より)

 さて、その日の夜だった。ラジオに何気なく聴き入っていたら、瓦を巡る話題が飛び出してきた。
 どうやら、「富山市郷土博物館・富山市佐藤記念美術館」で現在催されている、企画展「大集合 富山城の「瓦」たち」を巡っての、恐らくは館員の方によるお話(アナウンサーへの問いに答える形で)のようだった。
 まさに、タイムリーな企画展が今、なされているわけである。

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