忘却は宇宙を糾合するのです
「忘却は宇宙を糾合するのです」あの星々は蒸発し去った魂の欠片たちなのに違いない。
地上で焼き焦がされた骸の数々。
見るも無残な変わりよう。ああ、でも、地上に肉片一つ残せなかった人たちもいる。腐臭すらなく、飛び出した眼球を手で戻すことも叶わず消え去った人々。
道端の石ころに影だけが残っている。
あの日の高い太陽にじりじり焼かれて、肉の形に黒々と刻まれている。なのに、あれから幾度も降った雨が、ダメだよダメだよの声も空しく、片鱗すら残さず洗い流してしまった。
地上の星々が天の星々となって、みんな散り散りになって、酷いくらいの煌めきを放っている。孤独の深さ、憤りの強さ、恨みのしつこさ、諦めの悪さ。
幾夜もの嘆き、日々の妄執。遠ざかる蒼穹。忘却への誘惑。
空白の深さを思い知れとばかりに、今日も空は晴れ渡る。明る過ぎて、哭くこともできない。死の灰は今日も降り続く。まるで平和のシンボルを気取っている。
地上が黒い雨にしとどに塗り込められたら、忘却の念に浸りきったなら、きっとその日こそ、点々は宇宙の攪拌を止め、地上の星々となって糾合し、あの日の復讐を遂げるに違いない。
「点々は 宇宙を攪拌しないのです」我々は攪拌された宇宙の片隅に点在する点々なのかもしれない。
星の一つ一つが、我々の誰彼の心の投影なのかもしれない。
道端の石ころや空き缶にしても、誰かの眼差しに晒される。
梅雨の束の間の日の光にジリジリと焼かれて、つい、本音を洩らしそうになる。
もう、昔のことは忘れちまったとか、先のことなどどうでもいいだとか。
なのに、日が暮れて、宵闇が訪れると、今度はまた、違う本音が洩れてくる。
遠いあの日のことが胸を差すとか、いつの日かの破局を予感するだとか。
わがまま一杯の梅雨の谷間の呟き。きっと、今夜の雨に呆気なく流されていくんだろうな。
関連拙稿:
「黒い雨の降る夜」(03/04/07 記 )
「闇に降る雨」(04/08/13 記)
「黒い涙」(2013/08/08)
「海の響きも聞こえない」(12/12/12 作)
「葡萄の涙」(2013/05/31)
「路上に踏み潰された蛙を見よ」(2007/04/17)
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