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2014/08/30

異形の画家「小林たかゆき」を知る

 ほんの数日前のこと、不意に全く面識のない人物から「友人追加リクエスト」が来た。
 大概は、無視するのだが、念のためとりあえずはサイトを覗いてみた:
[mixi] お絵かきチャンピオンさん
 その人物の名は、小林孝至たかゆき氏(以下、畏敬の念を込め、「小林たかゆき」と呼称し、敬称は略させてもらう)。

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← 画像は、作者のホームページ「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」より。

 その画像群に驚いた。絵に力がある。訴えたいもの、描きたいという衝動が激流のように溢れ返っている。無定形の情熱が噴出する形も時も度外視して、奔騰している。
 絵を描く上での修練はもう、十年以上も継続してきているようだから、若き日の衝動や瞬発力だけではなく、持続力もあるようだ。

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→ 「発想少年○」(08月29日)  (画像は、作者のホームページ「小林たかゆき お絵かきチャンピオン」、最新作は、「[mixi] お絵かきチャンピオンさん」より。以下、同様)

 ただ、絵についても素人の小生が評するのも僭越と思うが、だれか特定の師についたり、あるいは何処かの絵画(美術)学校に通っての、定格的な学習の体験は積み重ねているようには思えない。
 それより、自らの表現の発露を求める激しさに圧倒されているのではないか、むしろ、その情熱を重視しているのかもしれない。ありきたりの学校での教育には飽き足らない、とてもじゃないけど型に嵌りきらないと感じているのかもしれない。
 実際の作品を観ていないので、ネット上の画像からの印象に過ぎないのだが、どの作品も短時間で一気に描き上げられたようだ。
 描き込むというより、描き殴る風なのか。

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← 「社楽」(08月29日)

 プロフィールを見ると、絵(作品)を美術館(に持ち込んで館長さんに観てもらったり、絵画展で発表したり、それなりの形で作品を世間に晒す、まさに絵画にとって(あるいは描き手にとって)一番大切な経験は積み重ねてきているようでもある。
 絵を見ると、時にピカソ、時にジャン=ミシェル・バスキア、時にフランシス・ベーコン(「フランシス・ベーコン展」参照)、時にヴォルス(「ヴォルス…彷徨う線刻の美」参照)やフォートリエ、ジャン・デュビュッフェ(「DUBUFFET -の作品- 」参照)、アントニ・タピエスなどのアンフォルメルの作家たちを連想させる。

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→ 「ピンクの肌」(08月29日)

 粗暴、狂暴、炸裂する心身。それでいて、にじみ出る詩情。この詩情が醸し出されているがゆえに、野蛮なまでの絵の未熟さ(技術の未熟ではなく、生半可な成熟を拒み続ける、その強靭さに注目している)にもかかわらず、つい見入ってしまう。
 アールブリュット、あるいはアウトサイダーアート、つまりはアンフォルメルの世界に片足以上を突っ込んでいると感じるのだ。
 よくぞ、この瀬戸際の領域に生き永らえていられるものと感心する。
(アールブリュットやアウトサイダーアートなどについては、「埒外のアーティストたち」など参照。)

 小林たかゆきは、山田かまちに魅せられてきたという:「17歳という若さで亡くなった異色の天才 山田かまち【画家・詩人】 - NAVER まとめ
「17歳の時自宅の2階でエレキギターに感電して亡くなった」人物。「かまちの死後、母親がかまちの部屋のベッドの下から沢山のかまちの言葉と絵をみつけた」という。その生涯や作品などに魅せられた人は少なからずいる。「同級生である氷室京介とバンドを組んだこともあった」というのは、知る人ぞ知る、であろうか。

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← 「世界を赤とみなす」(08月29日)

 小林たかゆきは、十七歳という危険な時期を生き延びた山田かまちなのか。
 小生は、そんなことより、同氏の心身に抱え込む禍々しさを今も持て余しつつ、作家活動している画家小林たかゆきを凄いと思う。
 作家たる者、描く衝動は大切である。マグマのような衝動をただ噴出させ、荒々しい溶岩の形のままにこの世に形として示すことも、それなりにありかな、とも思う。

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→ 「ガゼルはいつでもライオンに警戒中」(08月29日)

 それこそ、乾き切らない傷口を瘡蓋も剥がさず、そのままに日のもとに晒す、そして時間の経過、つまり、歳月という風雨に形を馴らしてもらうのも、一つの在り方なのかもしれない。
 ただ、彼がその生な、皮膚にさえ守られていないような剥き出しの感性のままにどこまでやっていけるのかと、ちょっと心配してしまう。

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← 「葬列」(08月28日)

 まあ、所詮は、老いの繰り言風な、凡人の余計なお世話なのだろう。
 いろんな作家を連想させると書いたが、ほんの幽かにだが、棟方志功なども想わせなくもない。
 これから彼がどのように<成熟>していくのか分からないが、大衆性を得る可能性も潜んでいるということだ。

 それにしても、ネットの上とはいえ、衝撃的な出会いだった。

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