化粧する肌
見る自分が見られる自分になる。見られる自分は多少なりとも演出が可能なのだということを知る。多くの男には場合によっては一生、観客であるしかない神秘の領域を探っていく。仮面を被る自分、仮面の裏の自分、仮面が自分である自分、引き剥がしえない仮面。自分が演出可能だといことは、つまりは、他人も演出している可能性が大だということの自覚。
化粧と鏡。鏡の中の自分は自分である他にない。なのに、化粧を施していく過程で、時に見知らぬ自分に遭遇することさえあったりするのだろう。が、その他人の自分さえも自分の可能性のうちに含まれるのだとしたら、一体、自分とは何なのか。
思えば、スカートは不思議な衣装だ。風が吹けば、裾が捲れ上がり、場合によってはパンティがちらつくこともある。実際、幼い女の子だと、そんなこともしばしばなのだろう。が、白い(とは限らないが)パンティがちらつくと、仮にそこに男性がいたら、刺すような視線を感じる。最初は気のせいで、しかし、やがてはまざまざと、明らかに、文句なく、断固として刺すようなギラつく眼差しをはっきりと意識する。スカートの裾の現象学は、きっと化粧という仮面の現象学と何らかの相関関係があるに違いない。
やがて、スカートの裾が風に揺さぶられることがあっても、あるいは思いっきり(であるかのように)駆けても、決して裾が捲れあがることのない揺らぎの哲学を体験を通して体に身に付ける。素直であり自然でありつつ、その実、装っているのであって、<外>では、あるいは<外>に対しては決して無自覚や無邪気などということのありえない、一個の女が誕生するというわけである。
仮面は一枚とは限らない。無数の仮面。幾重にも塗り重ねられた自分。スッピンを演じる自分。素の自分を知るものは一体、誰なのか。鏡の中の不思議の神様だけが知っているのだろうか。
男の子が化粧を意識するのは、物心付いてすぐよりも、やはり女性を意識し始める十歳過ぎの頃だろうか。家では化粧っ気のないお袋が、外出の際に化粧をする。着る物も、有り合わせではなく、明らかに他人を意識している。女を演出している。
他人とは誰なのか。男…父親以外の誰かなのか。それとも、世間という抽象的な、しかし、時にえげつないほどに確かな現実なのか。
あるいは、他の女を意識しているだけ?
ある年齢を越えても化粧をしない女は不気味だ。なぜだろう。
町で男に唇を与えても、化粧の乱れを気にせずにいられるとは、つまりは、無数の男と関わっても、支障がないという可能性を示唆するからだろうか。それとも、素の顔を見せるのは、関わりを持ち、プライベートの時空を共有する自分だけに対してのはずなのに、そのプライベート空間が、開けっ放しになり、他の男に対し放縦なる魔性を予感してしまうからなのか。
← クラウディア・ベンティーン著『皮膚―文学史・身体イメージ・境界のディスクール』(田邊 玲子【訳】 法政大学出版局) ひたすら好奇心……と、自分なりのテーマに関連することもあって、書店のカウンター近くにあったのを衝動買い。昨夕、読了。 (画像は、「 紀伊國屋書店ウェブストア」より)
化粧。衣装へのこだわり。演出。演技。自分が仮面の現象学の虜になり、あるいは支配者であると思い込む。鏡張りの時空という呪縛は決して解けることはない。
きっと、この呪縛の魔術があるからこそ、女性というのは、男性に比して踊ることが好きな人が多いのだろう。呪縛を解くのは、自らの生の肉体の内側からの何かの奔騰以外にないと直感し実感しているからなのか。いずれにしても、踊る女性は素敵だ。化粧する女性が素敵なように。全ては男性の誤解に過ぎないのだとしても、踊る女性に食い入るように魅入る。魅入られ、女性の内部から噴出する大地に男は平伏したいのかもしれない。
[本稿は、旧稿である「初化粧」(2005/01/11)からの抜粋である。皮膚ということで、多少とも関連する記事ということで、化粧をテーマの記事を転記してみた。関連拙稿に、「皮膚という至上の虚実皮膜」(2014/07/09)がある。]
| 固定リンク
「旧稿を温めます」カテゴリの記事
- 沈湎する日常(2023.02.23)
- 無生物か非生物か(2020.05.20)
- 吉川訳「失われた時を求めて」読了(2019.12.14)
- フォートリエとヴォルスに魅入られて(2018.08.21)
- 不毛なる吐露(2018.06.27)
「恋愛・心と体」カテゴリの記事
- 海の青、空の青、白い雲、船影…(2023.09.30)
- 富山…中秋の名月は望めず(2023.09.29)
- 扇風機点けっ放しを繰り返す(2023.09.28)
- 桶作りは杉や竹作りから(2023.09.25)
- 不可解な夢の連続(2023.09.24)
「写真日記」カテゴリの記事
- 海の青、空の青、白い雲、船影…(2023.09.30)
- 富山…中秋の名月は望めず(2023.09.29)
- バッタや土との若手研究者らの苦闘(2023.09.21)
- 古井文学への遅すぎる接近(2023.09.20)
- 新しいスマホで野鳥を撮る(2023.09.14)
「祈りのエッセイ」カテゴリの記事
- 沈湎する日常(2023.02.23)
- 日に何度も夢を見るわけは(2023.02.17)
- 観る前に飛ぶんだ(2022.10.25)
- 月影に謎の女(2019.12.26)
- 赤いシーラカンス(2018.08.30)
コメント