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2014/06/07

『蜻蛉日記』怨念の日記はなぜ残ったか

 本日、午前、洗濯機が届いた。注文して九日め。ようやく。
 その間、浴槽に衣類を放り込んで、シャワーを流しつつ、足踏みで洗っていた。学生時代など、盥(たらい)と洗濯板での洗濯は定番であり、必需品だった。

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 洗濯板こそないものの、学生時代、ジーパンを洗うときのように、足で踏んで、全体重をかけて洗う。踏んだ瞬間、水がドッと勢いよく噴き出す。結構、汚れが落ちているような気がする。
 今でも、富山でも湧水の豊富なところ、湧水を取水する共同の施設のあるところでは、そこで野菜を洗ったり、背托したりしている。水道代は架からないし、体を動かすから、結構な運動で、体にもいいかもしれない。

 とはいっても、やはり、洗濯は面倒なので、82年製の二層式洗濯機に代わり、今度は久しぶりに全自動洗濯機を選んだ。

 危惧していた通り、廊下から洗面所へのドア付近が通らない。二層式なら通るだろうが。それに、母のための手すりも壁際に点けられているので、なおのこと、通り道が狭いのである。
 なので、洗面所の窓から押し入れるようにして、中に。

 折悪しくというか、日本代表のザンビア戦が後半に突入したところで、試合を横目に、せっせと洗濯機の開梱と設置に汗を流した。
 汗を流したというのは、比喩などではなく、実際、大きな段ボールから洗濯機を取出し、設置し、給水ホースを繋いだり、結構な力仕事だった。

 設置の説明書を読みながらだけど、一読で理解できない個所があったりして、試合に一喜一憂し、設置や組み立てにも一喜一憂したのだった。
 それでも、試合が終わる頃には、設置が完了。

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← 『蜻蛉日記』(今西 祐一郎【校注】 岩波文庫) (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)

 早速、溜まっていた洗濯物や、既に洗ってあって、外に干してあった洗濯物(足で踏み洗いなので再度)、更には、冬の間お世話になっていた、ごろ寝毛布(暖房)二組をも洗った。大物も洗えるのでありがたい。
 説明書を読むのが面倒なので、ぶっつけでやろうとして、上手くいかず、仕方なく説明書をパラパラ捲ったりして、楽しい苦労の連続。

 驚くのは、音の静かさ。従来のだと、洗面所の隣の居間でテレビを観ていても、洗濯機の回るゴーという音が煩かったのが、新しいのは、耳をすまさないと動いているとは気づかない(← やや大げさ!)。
 実際には、動作と次の動作の間のインターバルがやや長く、動いてるのか心配になったりしていたのだ。

 さて、午後は洗濯を四回、続けたこともあり、設置の苦労もあって、疲れ果て、気が付いたら午後の四時。
 道綱母の『蜻蛉日記』もあますところ、三十頁ほどなのに、ほとんど手付かず。
 五時前に買い物に出掛け、帰ったところで、一気に読むつもりでいた。
 ところが、庭を見て回ったら、庭木の何本かに虫が巣食っているのを発見。葉っぱが緑のはずが茶褐色。見ると、案の定、蛆のような虫が網目状の巣の中を蠢いている。

 このところ、雨が少なく、畑には水を遣っているが庭木には手が回らず、庭木が弱っていたのだろう(か)。
 慌てて、剪定鋏を持ち出し、せっせと枝葉落とし。
 太平洋側などは大雨のようだけど、北陸などは雨不足。特に畑や庭には雨が待たれる。
 
 外仕事を少々やって、やっと家の中へ。そして『蜻蛉日記』を手にする。
 一夫多妻制の世の中。道綱母の男である兼家はエリート中のエリートである。道綱母が彼の子供を産んでさえも、あるいは産んだからなおさら、女としては眼中になくなる。
 子は鎹(かすがい)のはずが、足が遠のく一方なのだ。
 男を恨む女。嫉妬や恨みや妬み、孤独、自分が孤閨を託つ間にも兼家は、次々と女を作る。しかも、出世すると猶更、足が遠のく。

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 女は子を産む道具ですらない、平安時代の貴族の世の中。
 こうした中、自照文学の極である日記文学が生まれたわけである。
 歌を詠み、恨みを書き綴るしかできなかった。
 のたうち、こねくりまわし、絡み付き、縋り付き、振りほどき得ぬ怨念の和歌の世界。
 長い黒髪が執念の鞭となって、情念の時空をのたうっている。

 一方、疑問なのは、こうした兼家を恨む怨念の日記がどうして後世に残ったか、である。
 素晴らしい和歌の数々というだけでは理解できない。
 小生は、エリートの極を行く男兼家が、女をこのように御しているという自慢と宣伝のために敢えて残ることを謀ったのではなどと思ったりした。

 貧富の格差が大きくなりつつある今日、男も女も、ほんの僅かのメジャー組と、その他大勢という構図が固まりつつある。
 きっと新たな文学が生まれる土壌が醸成されつつあるのだと感じる。

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コメント

新しい洗濯機、やっと来ましたね!
うちのも、音が静かでビックリです。
でも汚れ落ちは前のよりよかったりして、洗濯機の進化ぶりを実感しました。
ジーンズは、私も手洗いしていました。
母が大物を嫌がるんです。
今では、自分がやるから、洗濯機に放り込みますけどね。
こたつ布団を洗いたいのに、雨ですよ。
来週は晴れてほしいなぁ。

投稿: 砂希 | 2014/06/08 14:26

砂希さん

期せずして、お互いに新しい洗濯機の導入ですね。
我が家のは、そんなに高級なものじゃない。でも、まあ、眼目は全自動。洗濯物を放り込んだら、あとは洗濯機に任せる。
それと、容量。大物も洗えるし、なんとなく、洗濯するプレッシャーから解放されそう。

全自動といっても、進化(?)していて、洗濯が始まると、手出しができない。思いついて追加を入れたくても、ロックされてて、投入できない。

こうして次々と電化製品の更新が続く。先が思いやられます。

投稿: やいっち | 2014/06/09 22:08

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