つつじのことなど
四月の半ば頃からだったろうか、ツツジの花が東京でも見られるようになり、 それが四月の終わりには、一気に咲き誇り始めた。
あの赤紫というのか、独特の色合いは、日中、五月の強い日差しの下でも負け ないような不思議なあくどさのようなものを感じさせる。白いツツジもあるが、 小生にはツツジというと、赤紫のツツジの印象が強いのである。
← 拙稿「路傍のツツジ」より
あくどさ、などと書いたが、一瞬、強さと書こうとして躊躇ってしまい、思い つかないままにあくどさという言葉を苦し紛れに使ってしまったのである。
ツツジというと、小生はまず、仙台を思い出す。
小生は仙台の地で6年も学生として過ごした。その仙台には、榴岡公園があって、これは「つつじがおか公 園」と読む。
何かの話の折に「つつじがおか公園」という言葉が出てくるのだが、小生、なんとなく場所が思い浮かばず、一体、何処の話なのだろうと、狐に抓まれた面持 ちだった。
ややあって、「つつじがおか公園」というのは、実は、榴岡公園なのであり、 小生が仙台の地にやってきて選んだ居住の地からほど近いことを知るに至った。 その榴岡公園は野鳥観察のスポットであることを知ったのは、恥ずかしなが ら、たった今である:
「仙台市 杜の都 緑の名所100選/榴岡公園」
さて、なんとか榴岡公園をつつじがおか公園と読めるようになったはいいけれど、その後も榴岡が、どうしてつつじがおかと読めるのか、違和感が残ってならな かったものだ。
それというのも、馬鹿の一つ覚えのように、ツツジというと、漢字では躑躅と 書くのだと思い込んでいたし、こんな漢字を使わせるツツジという花の独特の雰 囲気に相応しいようにも思えたのである。
あるいはもしかしたら躑躅という漢字表現から、逆にツツジという花を見ると、 何かあくどさのようなものを覚えるようになったのかもしれない。
というのは、ここにはもっと遡る余地のあるささやかな思い出があるのだ。
それは、たとえば、志賀直哉著の『暗夜行路』に限らず、江戸川乱歩など、明 治以来の多くの日本の文学作品の中に躑躅が出てくる。
小生がガキの頃には無論、躑躅など読めるはずもないが、記憶では父の書斎に あった文学全集にはルビが振ってあったような気がする。御蔭で未だに躑躅とい う漢字は書けないのだが、読むことだけは早くから可能になったわけである。
その躑躅だが、似たような感じを持ったことのある人も少なくないと思うのだ が、髑髏(どくろ)という漢字と何処か似ているような印象を持っていたものだ った。
無論、表記の上で躑躅と髑髏を並べたなら、何処が似ているんだ、お前の目は 節穴か、ということになるのだが、一旦、本を手放し、何処か河原か田圃の畦道でも歩いている最中に、ツツジやどくろの文字を思い浮かべようとすると、両者の漢字が交じり合って、躑躅の中に髑髏の影が忍び寄り、髑髏の目玉から躑躅の花が、それこそあざとく咲き出でるような、そんなイメージが付き纏って離れな い、そんな自分だったのである。
それにしても、躑躅などという漢字表記は、どういう由来で成り立ったのだろ う。そして、髑髏という漢字表記についても、由来を知りたいものだ。
ま、とにかく仙台市の榴ヶ岡公園も、群馬県館林市の躑躅ヶ丘公園のように表記されているなら、小生の小さな胸を傷めずにすんだわけで、思えば罪な公園(名)である。だからなのだろうか、榴ヶ岡公園でツツジを愛でた記憶はまるでないのだ。
躑躅は古くは『出雲国風土記』にも登場している。万葉集にも幾首かツツジの 歌いこまれた短歌がある。話は長くなりそうなので、気分転換も含め下記のサイトから一つだけ、挙げておこう:
「たのしい万葉集 つつじを詠んだ歌」
水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも
小生はつつじが日本の在来種なのかどうかも知らないが、歌の中に登場する礒の浦廻というのは、草壁皇子の宮殿の庭園にあり、すでにツツジが栽培下にあったことが知られる。また、江戸時代にいたって、ツツジの品種が爆発的に増えたという(『広辞苑』)。
ツツジという名前だが、下記のサイトによると、「花が連なって咲くことから 「つづき」、また花が筒状であることから「つつ」などと呼ばれていて、次第に 「つつじ」になったらしい」とのこと:
「季節の花 300 大紫躑躅(オオムラサキツツジ)」
さて、小生は仕事柄、都内を車で終日、走り回る。但し、日中は、交差点などで信号待ちの際に、道路脇のツツジなどを投げ捨てられた吸殻やペットボトルな どと共に眺めるのがせいぜいだ。
それが、夜ともなると、車も少なくなり、走りながらでも赤紫色の妖しいツツ ジの花々が目に飛び込んでくる。
特にその赤紫色は、深緑をベースにするから余計に際立つ。
街灯やヘッドライトに照らし出されたりすると、闇の濃さと緑の深さと花びらの妖しさが言い知れない幻想を誘う。小生に小説を書く才能があれば、間違いな く、この独特の雰囲気を生かしたミステリーかサスペンスを書き上げようと思うに違いない。
(中略)
若い頃は、春四月、そして五月は横溢する生命力の季節だった。時に過 剰になりがちの萌え出でる泉に、若い肉体を持つ当人であってさえ、当惑を覚え ることがあったにしろ、春は命であり、将来であり、可能性だったのである。
それどころか梅も桜もツツジも眼中になかったに違いない。それどころではな かったのだ。
それが、今では花や草や木々の生命力に圧倒されている。
若いというのは、動物のようなものだ。何か得体の知れない闇雲なパワーに駆 り立てられ、花も草も踏み越え、踏み躙っても、平気だった。
自分のほうがはるかに命に満ち溢れていた。植物など、目立たない陰湿な生き 物、大地の何処かしらに縛り付けられている、可哀想な生き物に過ぎなかった。
そう、背景にあるものに過ぎず、彩りとしてあればいいものであり、なければないで一向に構わないのだった。植物どころではなかったのだ。
が、年を経るに従い、大地に縛り付けられ、時には通行人に踏みつけにされる はずの花や草に目が行くようになる。視線が次第に低くなる。自分という人間に幻想の欠片も持てなくなったりすると、俺は道端の雑草ほどにも逞しくはなかったのだと思い知らされる。
→ 昨春撮影した、我が家の庭のツツジ。(画像は、拙稿「ツツジの季節が始まる」より)
踏み躙られても、草木は樹液や草いきれを放つ。その強烈な生命力、生々しさ。 自分にはその樹液ほどの潤いさえ失われていることに否応なく気付いている。
のろまなカメほどでさえなかったはずの草木に、今や嘗てはウサギであり、跳ね回るシカだったはずの自分が置いてきぼりを喰らいそうになって焦りさえ覚えている。土に還ったなら、自分は植物どもの栄養分として吸われていく。
生命力が枯渇しているということは、既に空中を漂う目に見えない植物か闇のパワーにドンドン生命力が吸われ始めているということなのかもしれない。
闇の中で浮かび上がる濃く豊かな緑を背負った赤紫のツツジは、つまりは俺の命をドラキュラが生き血を吸う如く掠め取っているのかもしれない、そんな悪夢をさえ連想させるのである。
まあ、そんな悪夢などは早く忘れて、ツツジを眺めつつ、この世が命に満ち溢れていることを愛でていれば、それで十分なのだろうけれど。
(本稿は、旧稿である「つつじのことなど」(03/05/05 記) より。我が家の庭のツツジも咲き始めてはいるものの、どうも、咲きっぷりが貧相。それに比べ、近隣で見かけるツツジの咲き方の見事さよ。どうやったら、あのように豪奢に咲かせられるのだろう。 関連拙稿「ツツジの季節が始まる」など。)
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コメント
こんにちは。
ツツジは今盛を過ぎました。むかしはよく花を摘ん
で蜜を吸いました。ご近所でツツジを沢山植えてい
る家があります。シーズンになると見事に咲きま
す。やはり肥料なのでしょうか?
投稿: シゲ | 2014/05/08 14:21
シゲさん
花を摘んで蜜を吸う! 子供の頃、仲間との遊びでちょっと試したこと、あったかなー、という程度です。
大人になってからは試したことがない。
遊び心がないのかなー。
ツツジ、ホント、近所にも見事な咲きっぷりだったりするけど、我が家のツツジは、ポツポツ。
例年の晩秋の刈り込み過ぎかなー。それとも、何か世話するポイントがあるのかしら。
投稿: やいっち | 2014/05/08 21:14