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2014/04/30

楽しみなような、怖いような

 表の荒れた土地を耕した。昔は田圃だった。耕作放棄されて久しい。気が付けば、ドクダミの野に成り果てていた。
 耕作放棄というが、怠慢とか減反とかじゃなく、父母の体が思うように動かなくなったから、荷が重くなったのだ。
 息子の自分が手伝わなかったというのが的を射た説明かもしれない。

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← ど根性カエデ!

 五月の連休やお盆の時にちょっと手伝うくらいじゃ、追い付くはずもないし、そもそも、稲作も畑も作業を学んでいないので、付け焼刃の知識すらない。
 それでも、数年前、帰郷してから、やれと云われたわけじゃないが、ボチボチ手を出し始めた。

 ドクダミの野を前に茫然。近所の方が、冬瓜などを植えておられた。ここは、お宅の分なんだから、でも、放置しておくのも何だからと。
 別に荒れ果てた地をもとの状態に戻そうなんて殊勝なことを考えたわけじゃない。
 ただ、一旦、土地に関わり始めると、意地のような念が湧きおこってくる。
 最初は、ほんの一部を鋤き起こしてコスモスやヒマワリの種を蒔いた。
 意外なことに…、そう全く期待していなかったのだっが、ドクダミの野の中に、夏近くヒマワリがそしてコスモスが咲き群れてきたではないか。

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→ 車道沿いの花壇に生えてきた花。

 コスモスもヒマワリも、秋口までしっかり咲き誇ってくれた。
 これに味をしめたわけでもないが、次の年は、ヒマワリの野にした。というのも、前年のヒマワリを晩秋になって荒地から引っこ抜いたはいいが、持って行き場が分からず捨てるのも勿体なく、そのままドクダミの野に放置しておいたら、種が翌年になってちゃんとヒマワリへと育ってくれたのである。
 その次の年は、もっと本格的になった。植える植物(野菜)によっては、育つかも、収穫できるかも、などと思い始め、荒地の耕作を、改良作戦(?)を開始したわけである。
 春先、雨の翌日などに、荒地に入り、鋤やシャベルなどで可能な限り深く土地を耕した。
 ドクダミの根っこの網を断ち切ろうと、せっせと耕したのである。
 それでも、その翌年にはドクダミの野になる気配が濃厚だった。敢えて、カボチャの苗を植えてみた。
 秋になっても、こぶし大ほどのカボチャが一個、収穫できただけだった。カボチャのツルは、ドクダミの野に負けじと、相当に蔓延ってくれたのだが。

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← ジャーマンアイリスの群生。庭の随所に。

 荒地を耕す作業を毎春や晩春に行うようになって今年は三年目である。やはり、ドクダミは執拗に蔓延ろうとする。
 断っておくが、晩秋には好ましくはないが、除草剤を散布しておく。それでも、翌春にはドクダミは平気で伸び放題となってくるのだ。
 土地改良作戦三年目の今年は、四月に入ってから、いつも以上に念入りに耕した。深く深く耕し、深い溝を四方に掘った。ドクダミの根より深い溝を荒地を囲うように堀り巡らしたのだ。というのも、周りには近所の方たちの分担である畑が広がっているので、ドクダミがそこへまで拡散しないように努めないといけないのだ。
 断固として、ドクダミの縦横無尽の根っこを断ち切ったつもりだが、それでも、土地の隅っこからひょっこりドクダミが顔を覗かせてくる。憎たらしい。ドクダミ茶にして煎じて呑んでやるか、なんて思ったり。
 とにかく、一か月を要した、今年度の荒地耕し作戦は終了に近づいている。溝も掘ったし、防草シートも念入りに巡らした。土地を鋤いて、ヒマワリ、コスモス、百日紅、カボチャの種や苗を植えた。

Sscn7386

→ 名称不詳の樹木?

 こうした努力の結果が見えるのは、そんなに遠い先の話ではない。

 早ければ、来月末にも結果…とまではいかなくても、どういう結果に至るかの徴候は明確になってくるだろう。
 さて、どんな報告をこのブログ日記で書くことになるやら、楽しみなような、怖いような。

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