美醜は糾える縄の如しか
九年ほど前だったか、ウンベルト・エーコ編著の『美の歴史』(植松 靖夫【監訳】/川野 美也子【訳】 東洋書林)を読んだ。
読んだというより、図版を愉しんだというべきか。
← ウンベルト・エーコ【編著】『醜の歴史』(川野 美也子【訳】 東洋書林) やはり、暗黒の闇を地とする表紙。(画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)
このたび、一昨年には刊行されていたウンベルト・エーコ編著『醜の歴史』(川野 美也子【訳】 東洋書林)を入手し、今日から読み始めた。あるいは図版を飽くことなく眺めはじめた。
正直、云えるのは、『美の歴史』に掲げられた図版の数々は、見入りはするものの、すぐに見飽きて、他の図版へ、次の頁へと移っていく。
比して、『醜の歴史』だと、大概の図版は飽かず眺め入ってしまうということ。
別に、魅入られてしまって、目が離せないというわけではないのだが。
まだ序を読んだだけで、本文はこれからなのだが、ついつい先走ってしまって、図版をあれこれ眺め入ってしまう。
出版社側の内容説明によると、「現代の「知の巨人」エーコが、絵画や彫刻、映画、文学など諸芸術における暗黒、怪奇、魔物、逸脱、異形といった、恐ろしくぞっとするものを徹底的に探究。本書は、世界的に好評を博した『美の歴史』の手法により、「醜」の多様性と傾向を明らかにする。なぜ我々は死、病、欠陥を恐れるのだろうか?はたまた醜さが持つ磁石のような魅力はいったい何に由来するのだろう。ミルトンのサタンから、ゲーテのメフィストフェレスまで、魔術と中世の拷問から、殉教、隠者まで、神話上の怪物から、夢魔、食人鬼、デカダンス、あるいはキャンプ、キッチュ、パンク、さらには現代美術まで、実に興味深い構成とトピックにより議論が展開される」とか。
こうなると、先々の叙述が期待され、せっかちな小生など、先を急ぎたいが、ここはぐっと我慢で、一頁一頁、順繰りに、そうストイックに読んでいく。
→ ルビンの壺の一例 美醜は地と図の関係に過ぎない…はずはない! (画像は、「ルビンの壺 - Wikipedia」より)
このストイックさの加減は、「醜の歴史」のほうが、「美の歴史」よりはるかにシビアーである。
美については、美学なんて学科(学問)もあるほどで、縷々語られることも多い。密かに、あるいは公然と、美については語られるし、嘯かれることも多い。
一方、醜については、思うこと感じることはあっても、表立っての発言や主張は憚られる。
なぜだろう。美はともかく、醜については、少なくとも自分は醜の範疇からは外れている…だから、醜の世界については可哀そうとか、文字通り、醜い(視にくい)とかで、陰でならどれだけでも語れるが、日向ではひそひそ話に控えるのが無難ということか。
美とは何か、なんて論じようとは思わない。今まで説得力のある論説に出会ったこともない。絵や写真、あるいは日常の中で、究極の美に遭遇したことがある、なんて人は滅多にいないだろう。
一方、醜の極地という現実(的存在)に遭遇してしまったという人も少ないのではないか。
これは、美も醜も、稀だからだろうし、そもそも、昔から云われるように、美人は三日で飽きるが、何とかは三日で慣れる、の類だからなのかもしれない。人間は慣れる動物なのだ。
としたら、何処かに美が、あるいは醜があるとしても(実際に相対的な次元では、程度の差はあれ、そのいずれにも出会ってしまうものだろうが)、いずれは慣れてしまって、もっともっと、というより過激な刺激を追い求めてしまう。
← ウンベルト・エーコ【編著】『美の歴史』(植松 靖夫【監訳】/川野 美也子【訳】 東洋書林) 表紙の背景色は、蒼穹あるいは地中海ブルーなのだろうか。「美しい図版とともに現代の“知の巨人”エーコによって導かれる、めくるめく陶酔の世界」というが、どっぷりと愉しめた…とは云えなかった。 (画像は、「紀伊國屋書店ウェブストア」より)
ということは、エーコの『美の歴史』だろうが、『醜の歴史』だろうが、一時は彼ならではの美醜の世界の開陳に瞠目はしても、人間はより一層の美を、これでもかという醜を求めてしまうということか。
想像し創造する動物、それが人間ならば、現在しない美や醜を渇望してしまう、厄介さには際限がないということになる。
最後は死と引き換えの美や醜、あるいはギリギリ此岸(しがん)に踏み止まるのなら、形而上乃至は宗教的恍惚の美、その対極の醜を祈りの中で描像するしかないのかもしれない。
いずれにしても、凡人の極を行く小生は、美醜は糾(あざな)える縄の如しで、両者は地と図のように相身互いだと思って、逃げを打っておくのが賢明なのだろう。
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