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2014/03/13

「石を拾う」を拾う

 路上の石を拾って、自宅に持ち帰る…なんてことをやっていたことが以前、あった。
 拾うといっても、一日に一個か二個である。路肩などに転がっている石でなければいけない。

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← 神通川の河原のススキ。(画像は、拙稿「回り道」より)

 街道に面する家の庭先から路上へ転がり出た…だろうことが察せられるような石は拾わない。
 それは、その家の持ち物なのであって、車の出入りなどの際にタイヤに弾かれて飛び出してしまったのかもしれない。あるいは、たまたまその家の庭先に転がっているだけかもしれない。

 いずれにしろ、紛らわしいことはしたくない。
 あくまで、路上に漫然と転がっている石がいい。好みではなく、人のものを持ち帰ろうなんて気はないからだ。

 道路の端などにポツネンと転がっている石ころが、放置されているようで何か可哀そうだとか、そんな殊勝な気持ちで拾い上げ、持ち帰るわけでもない。
 持ち帰っても、庭の隅っこに放り出すだけなのだから。放置の状態は路上であろうと、自宅だろうと同じなのである。
 そう、察せられるだろうが、まして、石を拾うことに形而上の意味を感じ取っている…なんて高尚な営為でないことは言うまでもないだろう。

 無駄毛の一本だって刈り尽くす、それもカネを費やして無毛に状態に追い込んで良しとする、そんな営利と打算の極を行く時代だからこそ、道端の石ころをただ拾い集め、積み上げて、何某かの供養にするとか、意味のないものを訳もなく積み上げていく、その無為の営為に形而上的な恍惚を覚えているわけではないのである。
 実を云うと、何のことはない、庭に蔓延る雑草を毟るという、春から秋口に懸けての草むしり作業に倦んで、どころか辟易して、庭という庭に防草シートを張り巡らし、さてにご丁寧にその上に板切れを敷き、あるいはホームセンターで砂利を買い求めてきて、庭に敷き詰め、もう雑草など生えない庭にしてしまいたいという欲求に駆られたことがあったのだ。

 砂利とはいえ、防草シート同様、ただじゃない。

 そんな時期、買い物の行き帰り、なんだ路上に案外と数多く、石ころが落ちているじゃないか。
 思えば、車を運転している際、路上に石が転がっていると、危険を感じることがある。
 対向車か自分の車の前後の車のタイヤが砂利を弾き飛ばしてくるかもしれない。
 あるいは、自分の車のタイヤが跳ね飛ばして、周囲の車に、あるいは不幸にも歩道などの人に当ってしまうかもしれない。

 そんなことは、滅多にないことだろうが、ありえないわけじゃない。
 実際、1974年の夏、初めてのオートバイで海を目指してツーリングしていて、前を走っていたダンプカーが積み荷の砂利の石を落とした。その石が路面を見事にトーントーンと撥ねて、ものの見事に自分の胸の、よりによって鳩尾の辺りを直撃したことがあった。一瞬、息が詰まった。
 すぐに気を取り直したが、40年経った今もあの夏の日の出来事を覚えているくらいだから、よほどあの数センチ大の石の礫の痛み、そしてどこでどんなことが起きるかしれないという感覚や体験が印象的だったのだろう。

 まあ、教科書的にいえば、路上に石ころが転がっているのは危険極まりないから、取り去り得るならそうしたほうがいいのだが、言うまでもなく、吾輩が街道の石ころを拾うのは、そんな立派な社会的動機に駆られて…のわけもない。

 昨夏、そんな無為な営為を続けていた記憶がまだ新しい頃、「石を拾う」なんて小説を仕立てたことがある。
 小説の中では、「誰もいない山の中でやればいいものを、こんな人目に付くところで馬鹿げた営為を続けているのは、ひょっとして、誰かに助けてほしいというサインなのではないか」として、「気づいたオレは、その日から石を拾うことを止めた。その日からは、心の中に石を積み続けている」としている。
 これは、実は逃げだ。自分でも自分の行為の意味を掴み切れないでいるのだ。
 営為自体はやめているので、「心の中に石を積み続けている」だけは、幾分なりと的を射ているかもしれない。
 無為な営み。この行為への関心が止まないのは何故なのだろう。

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