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2014/03/24

『醜の歴史』から『フリークス』へ

 今日は、日中の最高気温が20度を超えたらしい。夕方、洗濯物を取り込んだら、乾いていたのも、当然なのだろう。
 過日、不調になったボイラーだが、どうやら、燃料切れが原因だったよう。

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← レスリー・フィードラー (著)『フリークス―秘められた自己の神話とイメージ』 ( 伊藤 俊治 (翻訳), 大場 正明 (翻訳), 旦 敬介 (翻訳)  青土社) 小生は、86年に買ったが、その後、新装版が出たとか。 (画像は、「Amazon.co.jp: 通販」より) 

 というか、燃料を示す表示はゼロ付近だったが、まだ残っていたので、燃料切れの可能性は考慮の外だった。
 販売店に聞いたら、大柄のオイルタンクだと、中身の量が少ないと、圧力の関係で燃料切れの状態になるのだとか。

 幸い、三月も25日となり、暖房に使う灯油もそれほど必要はないだろうしと、とりあえず、30リットルほど補給。
 しばらくして点火してみたら、ごーという懐かしい音。
 早速、シャワーを使ったら、湯気! おお、温湯だ!
 
 今日は、そういうわけで、ボイラー騒ぎやら、床屋さんへ行くやら、買い物はもちろん、洗濯もやり、珍しく連日の掃除機使用など、春の陽気に誘われて、結構、動いた。さすがに庭や畑は控えたけれど。

 ウンベルト・エーコ編著の『醜の歴史』(川野 美也子【訳】 東洋書林)を読み始めて、ふと、そういえば、四半世紀ほど前に、 レスリー・フィードラー (著)『フリークス  秘められた自己の神話とイメージ』 (青土社)を昔、読んだなと思いだし、ダメもとで書庫を物色したら、あった。
 蔵書の大半は東京の宿を引き払う際に処分したが、本書は書棚に溢れた本を段ボールに詰めて田舎に送った幾つかの函の中にあったものらしい。

 エーコの『醜の歴史』は、ゆっくりじっくり読み楽しみたいので、冒頭の数十頁を眺めたところで、フィードラーの『フリークス』を読むことにした。
 出版社の宣伝によると、「おぞましいと排除され、珍奇として見世物に供され、翻ってはまた、聖なる存在と崇められたフリークス。文学・美術はもとより、心理学や人文諸科学のさまざまな領域に影の主役の如く君臨するフリークス。そして、己れの内なる幻想と欲望の投影としてのフリークス。その顕現と隠蔽の構造を詳細に解きほぐし、20世紀文化の核心に肉薄する」ということで、小生の関心のど真ん中をヒットする本。

 興味津々で読んだが、それなりに好奇の念を満たさなくもなかったが、物足りなかったというのが正直なところ。まあ、せっかくなので読み通す。

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← ホセ・ドノソ著『夜のみだらな鳥』(鼓直訳 集英社 1984) 帰郷した5年半前、辛うじて残っていた。昨年、読んだばかり:「ドノソ著『夜のみだらな鳥』」や「ドノソとデザイナーベビーと」へ

 この系列というわけではないが、『フリークス』後、マルケスの『百年の孤独』や、ドノソの『夜のみだらな鳥』などを読んできたので、上掲書を読み返すにも、四半世紀前よりは深く読み込めるかもしれない。馬齢も重ねたし。
 美醜には、何が美であり醜であるかの枠組み自体を含め、価値観や社会の風潮、政治的思惑などが複雑に絡み合う。
 経済のグローバル化は、価値の平板化も並行するのだろうか。ナチスドイツは優生学を実行したが、ある意味、現代は時代が、あるいは一般の人々が優生学的な判断で、その都度の判断で出産の際、あるいは母胎の中の段階で醜や奇形と決めつけられた嬰児は闇から闇へ葬られていく。
 フリークスは、ただのスローガンだったり、自分のトレードマークとして重宝な<言葉>として使われる…その趨勢が強まる一方に感じられる。

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コメント

東京も暖かいです。
今日は修了式でしたが、ブラウスでも寒くなかったくらいです。
灯油は実家で使っていましたよ。
あの独特の匂いが、ちょっぴり懐かしいような気がします。
今は何でも電気やガスで、灯油を使う機会がないのです。

投稿: 砂希 | 2014/03/25 20:35

「価値の平板化」 - グローバリズムが招いた現象は、EU内で見る限り、寧ろローカルの価値観の尊重かと思います。勿論反面教師としてですが、里山主義などと同じ意味で、自覚を促したといえるかもしれません。それとは別に、EUの現在進行中の東方拡張は、政治や社会の価値の均一化ということでは確かでしょう。但し、そこには価値の普遍という認識もあります。

ローカルだけで鎖国しても現代社会の影響は、― 原始林でもそうであるように - 受けないわけにはいかないので、そうなれば例えば男女機会不均等などはイスラム社会においても是正しなければいけない問題です。

プーティンの同性愛反対法案に対するオリムピックボイコット運動の背後でウクライナ騒動が準備されていたことは、戦略的なものも含めて決して偶然ではありませんね。

因みに、優生学的な産み分けの診断などは、ナチの反省もあってドイツでも改めて禁止されることになったのはつい先日のことでした。その分、全面的に援助出来る余裕が社会にあれば全く問題ないでしょう。実際は分りませんが、一度知り合いに聞いてみたいところです。

投稿: pfaelzerwein | 2014/03/25 23:18

砂希さん

なんとか、ボイラーが動き、シャワーを使えるようになりました。
ホッと、一安心。

富山、今、未明の4時前。なのに、ファンヒーター、使ってません。でも、そんなに寒くない。
そんな季節になったんですね。

我が家、暖房は灯油と電気。灯油は何とか300リッターで足りました。
ようやく寒い季節が終わり、春が来る。
花粉症やらPMだったり、春霞がロマンチックには見えない淋しさがありますが、でも、やはり暖かいのはありがたいです。

暖房もだけど、風呂(シャワー)は灯油(ボイラー)です。安いから。

投稿: やいっち | 2014/03/26 03:48

pfaelzerweinさん

グローバリズムの潮流は、方々の小島で逆巻く波となって、無数の波紋を描きますね。

穏やかな波の中に漂っている限り、自己への問いかけもなく、のんびりゆったり過ごせる。

しかし、高波が洪水が襲ってくる脅威に晒されたなら、呑まれて消えゆく我が地域や文化や伝統への問いかけの念が沸き立ち、アイデンティティを追い求めるようになる。

今、世界の数千という言語が消えゆく危機を迎えている。数えきれない動植物が絶滅の危惧の状況にある。
孤立した民族や種族がひたすら縮小し消えゆく危機をただ茫然と見守るばかり。

それなりの規模ある民族や種族、宗教的集団は、最後のギリギリの抵抗をするのでしょうね。

性的な少数派や弱者などは、一方では認知を求め、市民権を得ようとする。でも、一方では文化の平板化への巨大な潮流にどこまであらがえるか、ギリギリの瀬戸際にある。

ナチの優生学は誰だって非難する。
でも、一方では、遺伝子を見るような新型出生前診断などで、異常(!)があれば親たちが生まれる前に、生か死かを判断し、闇から闇へ数多の胎児が葬られていく。

優生学じゃなく、表向きは非難も制止も難しいだけに、過去とは比べ物にならない厄介な状況に深く落ち込んでいます。

社会で認知を受けるマイナーな文化は、幾つかあるとしても、認知を受けずに消えていくマイナーな文化は誰も話題にもならない。
厄介至極です。

だからこそ、文学や哲学や芸術や音楽がある。白鳥の歌を歌うごとく。

投稿: やいっち | 2014/03/26 21:44

国見さん、こんにちは。

シャワー、うらやましいっ。
僕は、会社で泊まったり、
タイミングを逃したりで、
3日もふろに入ってないのです。
ほんと、汚いっ、もう限界、
ぐだぐだですねぇ。

投稿: 青梗菜 | 2014/03/27 21:52

青梗菜さん

自宅にシャワーがある。
ボイラーが直って(というか、燃料を補給して動くようになって)、いつでもシャワー(風呂も!)の利用が可能になり、便利さを痛感しています。
余儀なく、銭湯に通いましたが、やはり、夜中や午前とか、雨や雪の日でも、必要に応じ、シャワーを浴びられるのはありがたい。

青梗菜さんは、シャワーも浴びられないほど、忙しいのですが。
むしろ、小生には、そのほうが羨ましいような。
でも、体は大事にしてください。

投稿: やいっち | 2014/03/28 22:44

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