コンパクトシティはいいけれど
仕事柄、主に富山市内の各地を車で走り回る。
目立つのは、駐車場や更地の多いこと。
アベノミクスとか何とか、勇ましいことを喧伝する連中もいるが、富山は景気の波どころか、至って静かである。
静かなことに別に文句はない。
→ 地方都市で更地を目にすると、都会とは違う淋しさを感じる。 (画像は、「老原更地2 プライムライフ」より)
ただ、昨夜、ラジオで仄聞したのだが、富山県は今年も人口が減少したとか。つい数年前は110万人だったのが、昨年冒頭は108万人ギリギリ。昨年3月には、107万人台へと落ち込んだ。
中心地である富山市すら、人口が減って、42万人を割り込んでいる。
参照:「富山県の人口と世帯(推計)」
もちろん、人口の減少は富山県だけの現象ではなく、一部の地域を覗いて、日本の大部分の地域でも同じ現実に直面している。
成長戦略も名ばかりだということが露呈した今、日本の将来に明るさを求めるのは、よほどの政策を打ち出さないと無理なのだろう。
年金にしても医療にしても、産業は一般に人口の増大を前提にしないと成り立たないのだろうか。
少なくとも多くの企業は(円安だとしても)海外へ打って出ている。
まあ、大袈裟な話はやめておこう。
駐車場や更地が目立つということは、ビルなど店舗を構えて営業する展望が開けないからなのだろう。
新幹線の開業を来年に控え、駅前など一部の地域は(コンパクトシティの理念実現の影響もあってか)大きなマンションができたり、再開発が盛んだったりする。
一方、ほんの少し、駅から離れると、喧噪などどこ吹く風で、商店街でもシャッター通り化しているのが歴然である。
一時的に更地になっても、住宅街に生まれ変わったり、コンビニやビル、ホテル、マンションが建ったりもする。
一方、駐車場になるのはましなほうで、草茫々のままに何年も放置されている土地が、至る所にある。
市の中心部はそれなりにビルやマンション街の度を増していくとしても、車でほんの十分も走ると、郊外の感が濃厚なのである。
まして、コンパクトシティとやらで、市の中心部に人をできるだけ集めて繁華にしたところで(それが実現するかどうかも危ぶまれるが)、ちょっと町を出たら郊外、もう少し外へ向かうと、寒村ばかりがまるで見捨てられたように散在するのでは、多くはお年寄りが住んでいることが容易に想像がつくだけに、郊外の町や村はどうサバイバルしていけばいいのだろう。
それこそ、空き地が多いのを逆手にとって、太陽光や風力、地熱、バイオ発電を市や県で推進し、郊外で住めば、光熱費はただだし、風景も空気もすばらしいし、住むのに最高となれば、若い夫婦は家を構えるに最高と考えるかもしれない。
年配者は市街地に住み、若い人は郊外に、というのが一つの考え方ではなかろうか。
← 3月に入って、雪の日が続く。降雪量は大したことはないが、春の来るのが待たれる。
交通(移動)手段も若い人には選択肢が幾つもあるが、高齢者となると限られるだけに、住み分けという点でも、(同居が理想なのはさておくとして)こうした暮らし方・住み方がいいのではないか。
コンパクトシティが持て囃される一方、山間部などで取り残される方々の将来展望は? と懸念されるのだ。
なんて、夢想はいろいろ浮かんでくる。
それにしても、更地を観て、つい先日まであったはずの家やビルはどんなだったかがまるで思い出せないってのは、なんだか淋しい気がする。
通り過ぎた人は、もう、過去の人ということなのだろうけど。
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コメント
富山市の月岡に東緑町・西緑町という大きな住宅街があります。昔は沢山の人が住んでいて、住宅街近くにスーパーもありました。それが今では、月岡や大山には買物する場所がない生活困窮地区となっています。さらに、あと10年もすると住宅も3割以上が空家になるかもしれないと地元の人達は泣いています。コンパクトシティと呼ぶ郊外切捨て作戦です。
逆に中心市街地に住む私の周辺は便利な街に変わりましたよ。
投稿: SILVIAおじさん | 2014/03/08 22:06
東京でもそうなんですよ、一時期流行った多摩ニュータウンなんて、居住者が高齢化して、都会に移り住むようになって、寂れてます。
小田急線の多摩急行なんて、多摩センターに走りますが、ガラガラというと変だけど、まあ空いてます。
で、うちは、世田谷で、区役所も近い。渋谷や新宿にすぐ出られる、と何かとべんがいいのですが、やはり、更地が目立つ。
妙な現象です。
僕は土地売りませんけど、住友不動産の広告が毎日入りますよ。
投稿: oki | 2014/03/08 22:35
更地とは淋しいですね…。
人口減が続くとなると、家が建つ可能性も小さいし。
コンパクトシティのほうが、行政にとっては楽なんでしょう。
ゴミの収集はしやすいし、学校に通うのも便利です。
でも、効率だけじゃないですよね。
郊外切り捨て以外の方法を考えてもらわないと。
投稿: 砂希 | 2014/03/09 11:40
SILVIAおじさんさん
郊外や山間地をどう生かすか。町村合併しても、市長の視界にはせいぜい旧富山市しかないね。
金のある年配者を中心部へ。仕事場も中心部へ。若い人たちは居住費の安い郊外へ。
郊外には大規模な土地を使う農林業や、場合によっては水産業も。
電力は太陽光や風力、水力、地熱。郊外に向いているし。
とにかく、土地を生かさないと。
環境を整備して、大規模震災の予想される太平洋側から、居住する人々を地方へ、富山へ、です。
投稿: やいっち | 2014/03/09 16:06
okiさん
言うまでもないことだけど、日本は人口が減りつつあります。現政権に限らず、日本は排他的な国柄ですから、移民も受け入れない(難民は論外だし)。
少なくなる人口を都会(首都圏)と地方とが奪い合っているし、その傾向は強まる一方でしょうね。
政治家は一昔前と違って、都会出身が増えつつある。農山村も含め、地方の叩き上げの政治家は稀少。
となると、都会中心の政策ばかりが通っていく。
地方はますます危機的となるわけです。
(ここに、政治に無関心な若者たちという現実、従って、政策も年寄り偏重、現状維持の趨勢が強まっていることも付記しておく。)
原発も地方に置いておけば都会は利益だけ享受できる。面倒は地方へ、です。
投稿: やいっち | 2014/03/09 17:01
砂希さん
上のレスでも書いたのですが、政治は都会や首都圏中心のに回っています。
地方に力のある政治家が不在。若い人は目先の関心を追うだけ(なので、首相は平気で戦争のできる国に変えられる)。
だから、地方都市に原発(危険な物)を置けばいいって発想になる(補助金で黙らせられるとタカを括っている)。
できれば、太陽光や風力、地熱、バイオなどを地方に充実させないと。
なのに、政権は都会に都合のいい政策を変えるつもりがない。
これじゃ、日本に将来も希望も生まれません。
投稿: やいっち | 2014/03/09 17:12