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2014/01/27

うれしいひな祭り

 いつの頃からか、ある女の子が気になってならなくなった。
 昼下がりの決まった時間になると、とある街角のショーウインドーに眺め入っている女の子なのである。

 タクシー稼業という仕事柄、街中をあちこちぐるぐる走り回る。

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 ただ、不況もあって、ほとんぼ毎日、同じようなところを走っている。タクシーに向って手をあげる人は地方の町には滅多にいない。
 なので、無線でお客さんのところへ行くにも、回送にも迎車にもしないで、空車のままに向かう。何の問題もない。悲しい現実である。

 そんな悲惨な状況をそれでもめげずに走っていたら、市街地のある店の前に立っている女の子を見かけたのだ。
 年の頃は五歳か六歳か。
 気になったのは、同じ時間帯に二度三度と見かけたからだ。
 そのうち、気になってその時間が近づくと、敢えて車をそっちへ向けるようになった。
 食い入るように眺め入る女の子。

 何度となく女の子の姿を目にするようになって、自分はいったい女の子のどこにそんなに惹かれるのか、今度はそっちが気になってきた。
 オレは少女趣味だったっけ。そんな性癖を自覚したことはない。それとも、人生も終焉を意識するようになって、何か発想法が変わった? 

 そんなトンチンカンな自問を巡らしていたりしていた或る日、たまたまお客さんをその店の近くで降ろす機会があった。
 トランクにキャスター付のキャリーバッグを積んでいたので、車を降りて荷物を下ろし、客に「ありごとうございました」と言い、忘れ物はないかと車内を再度確認。その合間に気になる女の子をちらちらと眺めた。
 女の子はこっちのことなど眼中にない。食い入るようにウインドーの中を覗きこんでいる。
 何をそんなに真剣に眺めているのか、今度はそっちが気になった。
 店先のショーウインドーには、立派な雛飾りが展示されていた。
 そうか、やっぱり、女の子だ、綺麗な雛飾りに見惚れるのも不思議じゃない…

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 それにしても、女の子はいつも独りぼっちだ。
 どうして親もいなければ、友達もいないんだろう。
 小学生にもなっていないような小さな女の子。
 オヤジのオレなどが声を掛けるのも気が引ける。誰か保護者とか来ないものか。

 そもそも雛祭りの節句には一か月以上も日にちがある。いくら人形の店だからって、少々気が早いんじゃないのか。
 まあ、そんなことはどうだっていい。正月が終われば雛祭り。そのあとは五月人形…と考えたところで、あとが続かない。人形を飾るような節句の類は、年に数回だ。となれば、一月も終わらないうちに雛飾りを展示しても早すぎることはないわけだ…などと一人で納得してみた。
 
 女の子は雛飾りの何が気になるのだろう。やはり、内裏雛の女雛、それとも凛々しい男雛か。三人官女にかしづかれ、五人囃子に囃し立てられ、供揃いというのか随身(ずいじん)も何人も下段で控えている。
 キンキラの屏風が神々しさ高貴さを演出している。雪洞(ぼんぼり)というのか行燈というべきか、和紙を透かして漏れる薄明りも妖しく奥ゆかしい。
 素敵な人のところへ嫁いでいって、幸せな家庭を作る。
 貧富の格差がますます拡大する今日、オレなどは、雛壇を見ると、階級格差を連想してしまって、観ているうちに腹が立ったり悲しくなったり、まあ、野暮ったい限りである。

 そもそも嫁も子供もない、ワーキングプアの自分には縁がなさすぎる世界だ。茫漠たる世界に独りぼっち。野垂れ死にが落ちなのだ。
 でも、あんな可憐な女の子にはたとえ夢でも叶ってほしいと思う。オレも人の親の気持ちは少しは残っているのだろうか。殺伐とした日常しか見えない自分の、意外なほどの殊勝な感懐に、思わず、車の中で赤面してしまった。
 ああ、あの女の子だけにはせめて、オレのような人生は送って欲しくない。
 だからって、自分に何ができる? 声などかけようものなら、脱兎のごとく逃げ出すのが関の山。
 遠くで幸せを祈るだけ、それがオレにできるせめてのことなのだ。

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 だけど、とうとう黙っているのが我慢ならなくなってしまった。声を掛けて変質者呼ばわりされる危険を冒しても、女の子を慰めたくてたまらなくなったのだ。

 いた! やっぱり今日も同じ場所に立って、ショーウインドーの中を食い入るように眺めている。そんなにも切実なのなら、何かしてやらないと気が収まらないではないか!
 オレはタクシーを路肩に止め、女の子に近づいて行った。女の子とはいえ、女性に声を掛けるのは久しぶりで、胸がドキドキ高鳴った。
 自分を鼓舞するために、サトウハチローが娘に雛人形セットを買ってやった頃に作詞したとされる「うれしいひなまつり」などを口ずさみながら…

 彼女に向って声を掛けようとした瞬間だった。「あら、またそこで突っ立って!」という女性の声が聞こえた。
「仕方ないわね」といって、女の子の手を引いて店内へ。オレはバツが悪くて、無線で呼んだお客さんを探すようなふりをしつつ、顛末を追った。
 そして、落胆してその場を後にした。
 女の子は、菱餅や雛あられを買ってもらって、大喜びしてお母さんと一緒に店を出て行ったのだ。

挿入した画像は、上から順に:
「電球点灯式の雪洞(ぼんぼり)」(画像は、「【楽天市場】特選 雛道具「弥生桜雪洞(ぼんぼり)一対33.5cm-電球点灯コンセント式」ひな道具:京都和彩工房」より)
「菱餅」(画像は、「雛祭り - Wikipedia」より)
「雛あられ」(画像は、「雛祭り - Wikipedia」より)
その他、「うれしいひなまつり - Wikipedia」を参照。

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