真冬の夜の帰り道
真冬の帰り道のこと。月影はないけれど、澄み切った天空に星屑が瞬いている。
それはどんなダイヤモンドより美しい。手が届かないがゆえの高貴さ。
手はポケットに突っこんでいる。悴む手を寒風に晒す勇気はない。頬に当る空気は酷いほどに痛い。マスクをすればいいのだろうが、何もかもを覆って歩くのは何か躊躇われる。
生き物の矜持? 違う。痛みを感じてみたいだけなのだ。
街灯のある道をわざと避けて歩いている。
闇が深いほど、星の煌めきが鮮やかになるから? 違う。
それより吐く息の白さが際立つからだ。口から鼻からわざと息を吐き出してみる。湯気をたっぷり含んだ息が外界に放り出されて戸惑ってしまう間もなく、呆気なく凍り付いてしまう。まるで命が粉々になって吐き散らされているようだ。
真っ暗闇の裏道を辿っているはずなのに、吐息はどうして白く輝くのだろう。何処の光を映し出しているのか。あるいは闇の中の朧な光の名残りを掻き集めて、末期の時とばかりに命を燃やしている?
夏の日の、射干玉(ぬばたま)の夜の道で、手を差し出して存在って奴を嗅ぎ取ろうとしたことを思い出す。奴の腸は生温かでぬめぬめしていて、烏賊墨を思わせるようであり、それはそれは胡散臭いのだった。
では、真冬の夜の黒檀の闇夜ではどうだろう。
確めずには居られなかった。でも、ポケットから手を出すことができない。その時、オレはドジな思い付きに舞い上がって、衝動的にやってしまった。
口をいっぱいに開けて、冬の夜気を思いっきり吸い込んでしまったのだ。
喉が、気道が、痛くなった。肺が一番、とばっちりを受けてしまった。
ガラスの粉塵と化した夜気が肺胞に突き刺さってしまった。胸が痛くて、息が出来なくなった。ホントに一瞬、呼吸が止まってしまったのだ。
窒息しそうだ。でも、夜気を吸うわけにはいかない。といって吸わないわけにいかない。思わずポケットから両手を引き出して顔を覆った。鼻から吸い込んでも冷たさに変わりはなさそうだ。オレは、頬を温め、手のひら、指の隙間から外気を取り込もうとした。
ああ、何もかも、ぶち壊しだ。存在って奴は冬の夜道では確かめるもんじゃないと思い知ったよ。
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