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2013/03/02

島崎藤村『夜明け前』を、今、読む(13)

 半蔵は静の屋とも別名観山楼とも呼ばれる別宅に住んでいる。恵那山に連なる山々を眺められる絶好に位置にある。彼、半蔵が余生を楽しめる人間なら、風物を友としての生活を送るにふさわしい住まいのはずである。
 が、鬱々とする半蔵には檻のようなものだった。時折、何を思ったかと周囲に訝しがられるような素行をすることもある。女房のお民にさえ、理解できないことも多い。

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→ 「恵那山は長野県阿智村と岐阜県中津川市にまたがる、木曽山脈(中央アルプス)の最南端の標高2,191 mの山」で、「北山麓には中山道の馬籠宿と妻籠宿がある。馬籠で生まれ育った島崎藤村が幼少時代に眺めていた山であり、『夜明け前』で描かれている」。 (文と画像は、「恵那山 - Wikipedia」より)

 そうしたある日、長男の宗太が青山の家の整理を言い出す。本陣でも問屋でもない青山には借財が嵩むばかりだったのだ。耕地や、宅地、山林、家財などを売り払って弁済することにするという。
 旧本陣の母屋は土蔵を含めて医者に貸すことになる。半蔵夫婦は別居を余儀なくされるし、下女にも暇を出す。宗太ら家族も裏の二階に住み込む。

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2013/03/01

鳥餌果実の恩義も知らず?

 歳月の流れるのは、実に早い。
 今年ももう、二か月が過ぎた。
 時間が早く流れるように感じるのは、年齢のせいという。

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 日々を単調に過ごしているからか、感受性が鈍くなったからなのか、日々あくせく生きているからなのか、人生設計は狂いっ放しだし先行きは真っ暗なのだが、先はもう短いと感じてしまっていて、何を今から始めるわけもなく、坂道を転げるように、成り行き任せの生き方になっているからなのか、あるいはそのすべてが当てはまるのか。

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2013/02/28

とんでもない勘違い!

 冬も終わりに近づいている…のだろう。
 春の到来も近い…はず。

 今朝というべきか、丑三つ時頃、営業を終えて、我が家へ入った。
 今までなら、明かりを灯すとともに何よりもファンヒーターのスイッチを入れる。
 でも、まあ、荷物を片づけたり、郵便物を取り出したり、あれこれしてからでいいなんて。
 慌てて暖房を入れなくても構わない…陽気になってきたってこと。
 ああ、春間近。

 なんてのは、とんでもない勘違いだった。

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2013/02/27

読書拾遺…本を通じて世界を巡る

 本を買って読むという楽しみを持ちたい…と思いつつも、これで半年以上、本を買えないでいる。
 小生の働きが悪いと云えば、それまでだが。

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→ 狩野博幸/河鍋楠美 著『反骨の画家 河鍋暁斎』(新潮社) 観るたび、知るたび、驚倒される、まさに画鬼・河鍋暁斎。こんな奴が活躍出来た江戸も凄い。「浮世絵師・歌川国芳に師事した後、狩野派で研鑽を積んだ「画鬼」暁斎。本格的な仏画から戯画まで何でもござれの売れっ子絵師として、八面六臂の大活躍!! 幕末から明治にかけての激動の時代を生き抜いた稀有なる画家の、波乱万丈の人生と多彩なる作品世界を余すところなく紹介し、その才能を再検証する!」だって。 著者の一人・ 河鍋楠美は、察せられるとおり、「河鍋暁斎の曾孫。1977年11月3日、自宅を改装して、河鍋家に伝わる画稿・下絵類を中心に暁斎とその一門の作品を収蔵・展示する河鍋暁斎記念美術館を開館」とか。

 ということで、またまた図書館のお世話に。
 二週間前に借りた本を返却し、新たに本を借りる。新しい出会いは楽しいものだ。

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2013/02/26

藤村『夜明け前』余談:水無神社

 一昨日のブログ記事「島崎藤村『夜明け前』を、今、読む(12)」には、以下の記述がある:

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→ 時折、休憩する場所に、百舌鳥(?)がいた。その前日の日曜日、我が家の鳥餌果実であるミカンの木から小生の気配を感じてか、慌てて飛び立つ百舌鳥を見かけた。そうか、百舌鳥が我が家のミカンを食い散らしていたのか。

 半蔵は妻のお民も含めて家族を馬篭に残し、一人、飛騨の水無神社 に赴いていた。四年の歳月の中で二度ほど帰郷しただけだし、その間、お民が一度、飛騨を訪ねたくらいである。
 (中略)
 飛騨において半蔵は空しく過ごしたばかりではない。何しろ、飛騨の位山 (くらいやま)は平安朝の昔より、山は位山とされ、歌枕にさえなるほどの山だった。その近くに水無神社 はあるのだ

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2013/02/25

スプレーしまくりました

 寒波が来襲している。これが最後の悪足掻きと思いたい。
 ただ、積雪のほうは(富山については)それほどではない。
 一昨日、30分を2度、行っただけ。拍子抜けかもしれない。

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← 山茶花の花が咲き誇っている。まだまだ咲き続けそう。日中は小雪だったが、夕方からは吹雪くような天気。寒くはないのか?

 と昨日の日記に書いたが、今日も寒い。日中、雪は降っても降り積もることはなかったのだが、風が吹いているせいか、ちょっと玄関を出ただけで、厳しい寒さに震えが来る。
 天気予報は見てないが、日中も零下なのではと感じられる。

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2013/02/24

島崎藤村『夜明け前』を、今、読む(12)

 欧米の目は木曽の山の中にも既に及んでいる。日本政府の依頼を受け、英国のヴィカアス・ボイルを先駆とし、ついで明治六年に来日したグレゴリイ・ホルサムが鉄道敷設を目的に木曽路などを測量・研究し始めたのである。

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→ 「 五万石 千里山荘」 「古民家の古材をもちい移築した合掌造り」の山荘。「日本庭園を含む広大な敷地には本館、別館、茶室などを揃え」、「川魚や山菜などを盛りこんだ会席膳をご堪能いただける」とか。過日、ここで法事を営んだ。故人の遺徳を偲びつつも、山荘の風格に、密かに、遥かな木曽の本陣を想ってもいた。

 ホルサムが実際に木曽の馬篭の宿に泊まったのは明治十二年である。
 東山道が鉄道敷設にふさわしいと政府に上申したのはボイルである。東海道は海に面し、海運がすでに便利である。それに比して交通の不便なる東山道に鉄道を敷くことの意義を明確にしたのだ。

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