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2013/12/25

孤独は何処に

 真冬の夕方、街道沿いの道を歩いた。年末の慌ただしい頃合いで、仕事なのか家路を急ぐのか、車のヘッドライトの放列が延々と続いている。

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← コンピュータの中に入りこんでいた「虫」の、おそらく最初の写真。 (画像は、「バグ - Wikipedia」より)

 その脇を足早に歩く。急いでいるから、というより、寒くてその気もなくても歩みがせっかちになる。
 手は懐に、ゆったりのんびりというわけにはいかない。ジャケットのジッパーを止めればいいのに、それも面倒で、次第に外気の冷たさにお腹が冷えてくる。

 用事を済ませて、さっさと帰りたい。
 多くの人は夕方というと、仕事を終えて帰宅の途につく。人とは違う生活パターンを送る自分は、夕方のラッシュとは無縁。渋滞にイライラして…なんてことはない。
 そもそも普通の生活を送る人たちとも無縁なのかもしれない。

 社会の底辺とは云わないまでも、全くの裏方仕事を淡々とこなしている。
 人の生活のリズムとはほとんど噛み合わないので、自然、一人の時を過ごすことが多い。
 それとも、それが望ましくてこんな仕事を選んだような気もする。

 いや、思い返してみると、そうだったのだ。
 けれど、社会はそんな孤立した生活を許さない。

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← モーリス・ブランショ 著『謎のトマ』(篠沢秀夫 訳 中央公論新社) 「ヌーヴォ・ロマンの先駆けとなった幻の鮮烈デビュー作の初版(1941)を初邦訳」だとか。昨日未明、読了。刺激が強くて、その影響でこの頃の日記も変調気味に!

 車にはGPS装置があって、常時、居場所を特定されている。常にどこにいるか把握されている。
 東京在住時代は、東京の各地を走り回り、疲れたら、あるいは疲れていなくても、気に入った風景や風物を見つけたら、何処かの公園の脇に車を止め、暫しの和みの時を持った。持てたのである。

 デジカメを持参し、夜の東京の風景を撮った。若葉の頃の東京、盛夏の東京、晩秋の枯れ葉舞う東京。
 路上に吹き寄せられた桜の花びら、それとも舞い落ちた葉っぱの行く末を眺め撮った。
 あるいは大都会東京の片隅、人影のない夜の公園の隅っこで、枝葉越しに月影を眺め上げた。
 東京だからこその意外な孤独感を堪能した。

 今はそんなことは不可能になっている。公園の脇でのんびりしようものなら、無線でビービーと呼ばれる。呼び出され返事を求められる。そんなところで何、油売っていると叱られる。
 私は空を飛び回る自由な鳥、それとも大海を漂うヨット、旅から旅を行く気ままなドライブの車…なんかじゃなく、純白の事務所に紛れ込んだ虫、画面上の汚点。座標上の軌道を追われる存在の無。爪楊枝、それともペン先で突っつかれるバグ

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← プルースト【作】『失われた時を求めて〈6〉ゲルマントのほう〈2〉』(吉川 一義【訳】 岩波文庫) 吉川訳『失われた時を求めて』の最新刊。今日から読み始めた。第五巻は誤植(校正ミス)が多かった。今度は、そんなことのないことを祈る。

 孤立などありえないのだ。常に追跡と操作の対象なのである。

 では、孤独はありえないのだろうか。
 孤独だけは、最後の砦なんじゃなかろうか。
 でも一体、どうやって確保したらいいのか。
 なんて、もうとっくに十分すぎるほど、どつぼに嵌っているよね ? !

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タクシーエッセイ」カテゴリの記事

コメント

弥一さん、メリークリスマス!
タクシー運転手も大変ですね、けど、下をみれば、生活保護受けている人、住むところなくて、ダンボールで生活している人、本を読めて、ネットに繋がればまだまだですよ、上を見たらキリがない。
隣の芝生は青いというけど、足るを知る、という言葉が、僕は好きだ。
僕だって、うつ病にかからなければ、という思いはあるけど、言っても仕方ないから。
雅子様が治らないのは、こういう病気は長くかかるんで、仕方ないことなんですよね。

投稿: oki | 2013/12/25 21:40

okiさん メリークリスマス!
といいつつ、例年通り、一人っきりのクリスマスです。
プレゼントは何もない。でも、つい先日から使っている車、新車になりました。これが何よりのプレゼントかな。

小生は足るを知るというという発想法は嫌いです。
足るを知らないからこそ、あるいは、諦めの悪い本性を持っているからこその人間だと思います。

上にはもっと上があるとか、下を見ればきりがないといった発想も取りません。
人は人です。比べたって仕方がない。
大切なのは己に向き合うこと。
これが難しいので、つい人と比べたりする。俺のほうが不幸だとか、俺のほうがましだとか。
そんなのはつまらない。


雅子様は、徐々に快方に向かっているような。周囲のプレッシャーは相当なものでしょう。孤独な戦いを日々送っているのでしょうね。でも、美智子様などの応援もあるでしょうし、頑張ってほしいです。

投稿: やいっち | 2013/12/25 22:01

私も、年々孤独を感じるようになってきました。
職層が上になるにつれ、同僚から距離を置かれます。
何かへまをしたら、すぐチクられると思うのでしょう。
飲みや遊びに誘ってくれる人も、ガクンと減りましたよ。
しかし、GPSのお世話にはなりません(笑)
自分の居場所を管理されるなんて、落ち着かなくてイヤですね。
上手に息抜きしてくださいね。

投稿: 砂希 | 2013/12/27 20:57

砂希さん

年齢や立場がもたらす孤独ってあるんでしょうね。
小生の場合、孤独を気取るってわけじゃないけど、コミュニケーションが下手なことから来るような。
我が生涯で誰彼をお茶に映画に食事に誘ったことは、二度あるかどうか。
人に交際を求めることをしない。内心ではつながりを求めているのに。

GPSは、お世話になっているので、文句は言えない。そのお蔭で仕事が成り立っている。
でも、自由がなくなりましたね。
まあ、監視社会で至る所に監視カメラが目を光らせている。
家の中だけが息抜きの場なのかな。それも難しかったりして。
結局、息抜きは読書と夢想だけかな。

砂希さんはどのように息抜きしていますか。

投稿: やいっち | 2013/12/27 22:16

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