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2013/12/31

空っぽな心をいかんせん

 岡本 綺堂著の『 岡本綺堂随筆集』を本日、読了。
 綺堂は、明治5年に東京・芝高輪に生まれた。

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← W・B・イエイツ 著『ケルトの薄明』 (井村 君江 翻訳 ちくま文庫) 「自然界に満ち満ちた目に見えない生き物、この世ならぬものたちと丁寧につきあってきたアイルランドの人たち。イエイツが実際に見たり聞いたりした話の数々は、無限なものへの憧れ、ケルトの哀しみにあふれて、不思議な輝きを放ち続ける」といった本。ネットで、「ウィリアム・バトラー・イエーツ William Butler Yeats 芥川龍之介訳 「ケルトの薄明」より THE CELTIC TWILIGHT」を読むことができる。来年早々から車中で本書を読み始めるつもり。 (画像や転記文は、「筑摩書房 ケルトの薄明 - W・B・イエイツ 著, 井村 君江 著」より)

 小生は高輪に9年ほど住み暮らした。その縁もあって、白金台の明治学院の先生をしていた島崎藤村に傾倒したが、綺堂は小説を読んで、解説などを観て初めて知った。こういった背景を知っていたら、せっかく高輪や白金、芝、三田界隈に住んでいたんだから、もっと自覚的に地元探訪したものを。惜しいことをした。

 東京はホントに歴史や文化の厚みが凄い。富山とは大違い。

 とはいっても、今は富山(市)に住んでいる。
 地元を贔屓にしたい気持ちは持っているので(より大きくは富山県民としての自覚も)、富山のことをもっと知りたいし、自然や歴史、地理、文化、経済、産業などなど、富山の独自性を探りたいとも思う。
 それは、富山のことを単に知的に知りたいという好奇心の事柄ではなく、それなりに小説を書いてきた者として、富山の土壌に根ざした作品を作りたいからでもある。

 富山市の、特に中心部や湾岸部は戦争末期のアメリカ軍による空襲で壊滅的な被害を受けた。
 死者も多数にのぼったが、歴史的建造物の類が焼かれて消滅したことが大きい。
 卑近な例を挙げると、我が家も全焼したし、近所のお寺さんも焼けた。
 なので、お寺には過去帳がなくなってしまったのである。昔はそこそこに大きかったというお寺なので、近隣の人間関係や地元の歴史にも関わりが深かったろうし、江戸時代からの歴史も資料が残っていただろうが、実に惜しい。

 小生はというと、18歳で仙台へ、24歳で上京。帰郷したのは、53歳。
 18歳までの思い出も少なからずあるし、自分の心性の土壌を形成したに違いないが、18歳から53歳まで、仙台そして東京で暮らし、35歳直前の頃から創作に励みだしたことの意味は大きい。
 創作の場としての東京は、自分には実に刺激的だった。

 偶然なのか、あるいは振り返ってみると時代の喧噪の勢いだったのか、創作を始めた35歳直前の89年は、まさにバブル経済の最盛期であり、崩壊の直前でもあった。
 勉強会やいろんな人との交流の場は、新宿であり、三田や高輪、麻布、六本木などだった。仕事の場は港区の海岸であり、地元は高輪や白金、芝、三田などだった。
 それほどの読書家というわけではないが、それでも、内外問わずあれこれ読んできた。

 東京は、歴史のまさに舞台の中心そのものだった。 その渦中に(たとえ傍観者か観客か、いずれにしろ周縁のその他大勢の一人としてであろうと)いたことは、心身共に刺激的だったのだ。
 創作のネタというか、モチベーションも東京という街から得ていた面が大きい。
 特に六本木は、その高層ぶり複層ぶりにおいて、創作の原動力に事欠くことはなかった。
 ビルの高層、交通網の複層は、想像力の高層と複層に繋がっていたのだ。

 江戸時代あるいはその以前からの歴史、明治から大正昭和、そして現在進行形としての平成の歴史の渦中に、その洪水のほんの一滴としてであろうと、自分が居るのだ。
 その創作欲も、なぜか帰郷してから全くと言っていいほど萎えてしまった。
 アイデンティティの喪失というと、気取り過ぎと思われかねないが、富山という街の正体も掴めなければ(といっても、東京在住時代、東京という街を理解していたわけでは決してないが)、その町に、まさに故郷に住み暮らしているというのに、自分がまるで異邦人のように感じられ、浮き足立っていて、創作の根っこが見当たらないのである。

 これは地元富山で自分が人的な交流が皆無だからなのかもしれない。
 特に女がいない。たとえ、片想いでも地元富山の女を好きになりたいと思う。東京在住時代は実際居たのだ。そのことが創作上の駆動力になっていたのは間違いない。

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← 岡本 綺堂【著】『 岡本綺堂随筆集』(千葉 俊二【編】 岩波文庫) 本日、読了。綺堂は、明治5年に東京・芝高輪に生まれた。

 富山では、ある意味、悪循環に陥っている。収入が少なすぎて、そもそも町中へ出かけようという資本がない。
 街へ出ない以上は町から刺激を受けられない。女性を知る機会も皆無。モチベーションが下がって、ますます町から遠くなる…
 富山という街を掴めない。自分がそこで生きているという実感が湧かない。ただの観客、通行人のようなのだ。
 語り合う人がいないからなのだろうか。
 とにかく、試行錯誤が続く。不毛な心、空っぽな心をいかんせん。

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コメント

明けましておめでとうございます。
何か嘆き節の弥一さんだけど、僕くらいの年になると、自分のことよりも、世の中安らかなれ、という気持ちになりませんか?
自分は父母の待つ世界に行ってももういいし。
弥一さんは女ですか、貪欲だな〜。
けど、それが普通の感覚なのかも、今年もよろしくお願いします。

投稿: oki | 2014/01/01 22:53

okiさん

あけましておめでとうございます。

最近の日記は、ブランショの「謎のトマ」を読んで影響されてのこと。
今は、プルーストの「失われた時を求めて 6」を読んでいるので、その影響を受けたいな、なんて。

素敵な女性、募集中。です。常識人ですので。
女性への恋が創作力の源です。

投稿: やいっち | 2014/01/02 21:37

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