虎刈り状態の松
なんだか不穏な陽気の日が続いている。昨日にしても、天気の変化がやたらと目まぐるしかった。
今日も曇天で、今にも雨が降りそうなのが、降らないままに夜を迎えてしまった。
← アリス・マンロー【著】『林檎の木の下で』(小竹 由美子【訳】 新潮社クレストブック) 「三世紀の時を貫く芳醇な短篇小説集。ノーベル文学賞候補、「短篇の女王」マンローによる12の自伝的短篇」だとか。書評などの評判もいいので、まずは読んでみることに。
明日の遅くとも夜には平野部でも雪が、という予報が出ている。
営業車のほうはタイヤを換えたが、自家用のは未だ。とりあえず冬用タイヤを車に積み込んでおいた。どこで交換するかが問題。
雨が今にも降りそうな空模様だったので、本格的に外仕事をするという気にはなれず、買い物帰りに買い物袋を玄関に置いて、外出着のままで高枝鋏で松の木の剪定。
伸縮する棒を目いっぱい伸ばしても松の木の高いところには届かない。それでも、精一杯背伸びし腕を伸ばして枝葉を次々にカットしていく。
雪吊りや雪囲いをしない代わり、枝葉を可能な限り落として、雪が積もりにくいように工夫するわけである。焼け石に水というか、積雪に虎刈り状態の松なのである。
ジョン・D.バロウ著の『無の本―ゼロ、真空、宇宙の起源』を読了した。
→ ジョン・D.バロー著『無限の話』(松浦俊輔訳 青土社) 拙稿「無限の話の周りをとりとめもなく」を参照のこと。
やはり彼の本は面白い。
宇宙物理学上の「無」について、かなり深く理解を深められたような気にさせてくれる。
本書は原書の刊行が2001年のもので、データ的にはひと時代前のものなのがやや残念だが、それでもジョン・D.バロー著の『無限の話』(松浦俊輔訳 青土社)との姉妹編である本書の訳がようやく読めただけでも嬉しい。
バロウは西欧の理系の学者の例に漏れず文学などへの造詣も深い。シェイクスピアへの無を巡る文言も、気が利いていてさすがである。
が、話が高度に専門的になると、文学も手が出なくなってくる。随所に出てくる引用も宇宙論や物理学、天文学、数学の畑の人ばかり。
当然と云えば当然だが、「無」について誰がどう論じようと、現代の数学や宇宙論、物理学を抜きにしては何を語っても何か物足りない。
ひと世代はふた世代前はともかく、現代(といより近年は)数学者は文学を愉しめるが、大概の文學や芸術家は数学も物理も全く門外漢となっているのではないか。
理系の本を読むと文系の本を、というわけで、今年度のノーベル文学賞受賞者であるアリス・マンロー著の『林檎の木の下で』を今日から読み始める。
車中では、昨年のノーベル文学賞受賞者である莫言著の『赤い高粱 〈続〉』 (井口晃訳 岩波現代文庫)を読み続けている。
ノーベル賞を受賞したから読むなんて習慣はないのだが、好奇心には負けてしまう。
続編とあるが、実は本来は一つの作品を二分冊にしたものなのだとか。どうも紛らわしい。真っ当なら前後半とか表記しないとおかしいはずだ。
← ジョン・D.バロウ【著】『無の本―ゼロ、真空、宇宙の起源』(小野木 明恵【訳】 青土社) 「哲学者は無を理解しようとし、神秘家は無を思い描こうとし、科学者は無を作り出そうとし、天文学者は無のありかを突き止めようとした。さまざまな角度からの無の探求の歴史をはじめ、音楽や文学における無の表現も多彩に紹介しながら、「無」(nothing)を語り尽くす!」といった本。吾輩は、バロウの本の大ファンなのである。
それはそれとして、莫言の文章というか表現は、いい意味で野蛮なところがあって、内容と合致しており、途切れ途切れに、それこそほんの数頁ずつ読んでいても、すぐにその世界に入ることが出来て、さすがだと思う。
マルケスやドノソの南米の密林を背景とする文学、フォークナーやメルヴィルなどの先住民族を殲滅し開拓した北米の空中の楼閣文学、莫言の大陸的混沌の中国文學世界に対し、スコットランドを先祖の地とするカナダ人マンローはどんな世界を現出させてくれるのか、楽しみである。
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コメント
宇宙や天文の話は好きですが、数学だけはどうも…。
中1のとき、授業でつまずいたのがすべての原因と思われます。
授業がさわがしくて、勉強する気になれませんでした。
あのとき、しっかり基礎を身につけていればなぁ…。
いまだに、数字のおもしろさがわかりませんよ。
バローの本は無理(笑)
投稿: 砂希 | 2013/11/27 21:06
砂希さん
数学は小生も得意とは言えません。
出来の悪かった小生ですが、中二の時、塾へ行かされて一気に数学や物理に目覚め、幾何の本を買って読んだりし、高校三年の夏まで、物理で大学受験する路線でした。
が、三年の8月1日に文系(哲学)に転向。
でも、数学(や物理)好きは変わらず、数学のセンスはないのにずっと関連の本を読み漁ってきました。
それこそ、相手にされないのに美人を追いかけているような(?)ものです!
投稿: やいっち | 2013/11/27 21:30